『アーモンド』ソン・ウォンピョン
読後の感想
ソン・ウォンピョンの『アーモンド』は、他者の感情を理解できない少年・ユンジェの視点から語られる物語だ。
彼は、感情を司る脳の扁桃体(アーモンド)が人より小さいという特性を持ち、「怒る」「悲しむ」「共感する」といった感覚が希薄なまま生きている。
感情を持たない彼の語りは、感傷的な言葉とは無縁で、淡々としている。
それでいて、その静かな語り口が、かえって物語の温度を際立たせる。
本書は、「感情がわからない」ユンジェが、他者と関わることで世界を知り、少しずつ心を広げていく成長の物語なのだ。
言葉にできる感情の限界
ユンジェは、「好き」「嬉しい」といった感情を持たない。
しかし、彼なりの言葉で「居心地が良い」と表現する場面がある。
「僕にとってもそこは居心地の良い場所だった。ほかの人だったら、『好きだった』とか『気に入った』と言うのかもしれないけれど、僕が使える表現としては、『居心地が良い』というのが最大限だ。」(P.052)。
これは、ユンジェの世界の見え方を象徴する言葉だと感じた。
彼にとって、「好き」という言葉は、感情が動いたときに自然と出るものではない。
「好き」という概念が曖昧だからこそ、自分にとってしっくりくる表現を慎重に選び、無理なく使える言葉で世界を捉えようとする。
この几帳面な言語感覚こそが、ユンジェというキャラクターの魅力であり、読者に彼の視点を追体験させる要素になっている。
また、本の匂いについての描写も印象的だった。
「古本の匂いが、まるで慣れ親しんだものみたいな顔をして僕のところへやってきたからだ。初めて嗅いだのに、ずっと前から知っていたみたいに。」(P.052)。
この言葉には、ユンジェが「感情ではなく、五感を通じて世界を認識する」ことがよく表れている。
本を開いて嗅ぐことで安心感を得る彼は、感情を理解することはできなくても、感覚的な経験を通して「居心地の良さ」を感じているのだ。
ユンジェは、予感というものを論理的に分解し、「因果関係のデータに基づいた客観的な見通し」と説明する。
「予感というのは、実は因果関係のデータに基づいた客観的な見通しなのだ。」(P.095)。
彼にとって、「なんとなく感じる」ことはありえず、すべての出来事は過去のデータに基づいて計算される。
この合理的な考え方は、感情のない彼の思考回路を示しているが、同時に彼が「予感」という感覚を理解しようとしていることも表している。
ここがユンジェの面白いところだ。彼は感情を持たないが、決して他者の感情を無視しているわけではない。
むしろ、感情という曖昧なものを理解しようと試みている、こと自体が彼のアイデンティを形成しているように感じられるほど懸命なのだ。
その結果、彼は予感を感じられるようになった。
しかし、彼にとっての「予感」は単なる直感ではなく、理屈によって説明可能な現象なのだ。
この思考のプロセスこそが、彼の「成長の第一歩」だったのかもしれない。
本書のクライマックスに向かう中で、ユンジェは「ゴニは生まれてこなかった方が良かったのか?」という問いを抱く。
「ゴニが生まれない方が良かったように思える。何よりもゴニが、なんの苦痛も喪失も感じずに済んだだろうから。でもそうすると、すべてのことは意味を失う。」(P.234)。
これは非常に重い問いだ。人生には、喜びと同じくらい苦しみもある。
私自身も青年期などに「こんなに苦しいなら生まれてこない方が良かった」などと世迷言を覚えた時期もあった。
しかし、もし苦しみを避けるために「生まれなければよかった」と考えるなら、生の価値そのものが揺らいでしまうのだ。
小説では、ユンジェは最後に「それではすべてのことは意味を失う」と結論づける。
このあたりは表現を含めてぜひとも読んでほしい部分です。
本書の中ではユンジェは、決して直接的な感情表現をしない。
しかし、この思考の過程そのものが、彼が「生きることの意味」を考え始めたことを示している。
この瞬間、彼はただ感情を持たない少年ではなく、「他者の痛みや喪失を考えることができる存在」になったのだ。
本書は、ユンジェの視点で進むため、感情的な描写はほとんどない。
しかし、だからこそ、彼の些細な変化が読者にとって大きな意味を持つ。
たとえば、ドラという少女に惹かれる場面では、「恋」とか「愛」という言葉を使わずに、ただ「違和感」として表現される。
「突然、胸の中に重い石が一つ飛び込んできた。」(P.203)。
このような表現から、ユンジェが自分でも説明できない感情を初めて経験していることが伝わってくる。
読者は、「彼は恋をしている」と理解できるが、ユンジェ自身はそれを「恋」とは言わない。この細やかな表現こそが、本書の魅力なのだ。
『アーモンド』は、単なる「感情を持たない少年の話」ではない。
むしろ、感情とは何か、人はどうやって他者とつながるのかという深いテーマを扱っている。
このテーマを通じて、彼はゆっくりと世界を理解し、自分なりの言葉で「感情」を表現し始める。
その変化こそが、本書の最大の魅力なのだ。
読み終えたとき、私は改めて「感情とは何か?」「他者とつながるとはどういうことか?」を考えさせられた。ユンジェの成長は、感情に振り回される私たちにとっても、多くの気づきを与えてくれるものだった。
今月ベストです、おすすめです。
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印象的なくだり
僕にとってもそこは居心地の良い場所だった。ほかの人だったら、「好きだった」とか「気に入った」と言うのかもしれないけれど、僕が使える表現としては、「居心地が良い」と言うのが最大限だ。古本の匂いが、まるで慣れ親しんだものみたいな顔をして僕のところへやってきたからだ。初めて嗅いだのに、ずっと前から知っていたみたいに。暇さえあれば本を開いて匂いを嗅いでいる僕に、かび臭い古本の臭いなんか嗅いでどうするんだとばあちゃんは文句を言った。
本は、僕が行くことのできない場所に一瞬のうちに僕を連れて行ってくれた。会うことのできない人の告白を聞かせてくれ、見ることのできない人の人生を見せてくれた。僕が感じられない感情、経験できない事件が、本の中にはぎっしりと詰まっていた。それは、テレビや映画とはまるで違っていた。
映画やドラマ、あるいはマンガの世界は、具体的すぎて、もうそれ以上僕が口をはさむ余地がない(P.052)。
僕を見た瞬間、男の瞳が左右に大きく揺れた。遠からず彼にまた会うことになるだろうという予感がした。僕に予感という言葉が似合わないことはわかっている。正確に言えば、僕は予感を感じたのではないから。
でも、よく考えてみれば、予感は、ただなんとなく感じられるものではない。日常的に経験する出来事は、気付かないうちに頭の中で条件と結果に分けられ、一つひとつ記憶として積み重ねられていく。そうすると、似たような状況に遭遇したとき、無意識のうちに結果を予測するようになる。だから予感というのは、実は因果関係のデータに基づいた客観的な見通しなのだ。果物をミキサーにかけるとジュースになることを知っているように。男が僕を見る目つきは、僕にそんな「予感」を与えた。
その後も、病院に行くとたびたび男に出くわした。食堂でも廊下でも、視線を感じて振り返ると、いつも彼が僕を見つめていた。何か言いたいことがあるようにも、観察しているようにも見えた。だから彼が店に僕を訪ねてきた時も、少しも意外に思わなかった(P.095)。
いろんな考えが頭をよぎった。時間を戻すことができたなら、ユン教授はゴニを生まないことを選んだだろうか?そうしていたら、彼ら夫婦はゴニを失わずに済んだだろう。
おばさんは、自分を責めて病に倒れることもなかっただろうし、後悔しながら死ぬこともなかっただろう。ゴニのしでかした頭の痛いことも、そもそも起こらなかっただろう。そんなふうに考えると、やはりゴニが生まれない方が良かったように思える。何よりもゴニが、なんの苦痛も喪失も感じずに済んだだろうから。
でもそうすると、すべてのことは意味を失う。嫌な思いをしない、辛い思いをしたくないという目的だけが残る。おかしなことに(P.234)。
【解説】
本作がユニークなのは、ユンジェの視点で進行するために心理描写はほぼなく、ひとの表情や出来事がありのままにうつしとられていく点だ。読者はユンジェの脳の働きを、部分的に追体験することができる。ドラという少女を、つい目が追ってしまうこと。彼女の髪が顔にあたったとき、〈突然、胸の中に重い石が一つ飛び込んできた〉と感じたこと。
恋や愛といった抽象概念をつかうことなく、自身の内に湧きでてきた違和感への几帳面な言語化は、ユンジェのたしかな成長の証にもなる(P.277)。
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