『AI監獄ウイグル』

『AI監獄ウイグル』ジェフリー・ケイン著 濱野大道訳

読後の感想
もしも仮に本書に書かれていることが事実だとするとこれほど恐怖を覚えることはありません。
静かにアウシュビッツと同じことが目立たないように現在進行形で行われていることとほぼ同義だからです。

『AI監獄ウイグル』は、ジャーナリストのジェフリー・ケイン氏が執筆したノンフィクション作品であり、中国新疆ウイグル自治区におけるウイグル民族への弾圧と、それを支える高度な監視技術の実態を詳細に描いています。
本書は、AI(人工知能)やビッグデータを駆使した監視システムが、いかにして一民族の文化やアイデンティティを抹消しようとしているのかを明らかにしています。

ウイグル人の男性が「中国はぼくを拷問し、睡眠を奪いました。すべてを放棄するよう求めてきました」と語るように、物理的な虐待だけでなく、精神的な抹殺を目的とした洗脳が行われています。
これは、単なる肉体的な迫害にとどまらず、個人の思想や文化的アイデンティティを根絶やしにする試みであり、現代における新たな形のジェノサイドといえます。

中国政府は、国外のウェブサイトへのアクセスを遮断する「グレート・ファイアウォール」や、インターネット上のデータを検閲・ブロックする「金盾」といったシステムを構築し、情報統制を強化しています。
これらの技術は、国内の新興テクノロジー企業と連携し、AIを活用した監視体制の構築に利用されています。特に、米国の技術や専門家を取り込むことで、AI分野での急速な発展を遂げています。

さらに、政府職員をウイグル人家庭に送り込み、寝食を共にしながら監視する「家族になる運動」など、社会全体を監視網で覆い尽くす政策が実施されています。
これにより、個人のプライバシーや自由は著しく侵害され、抵抗する者は強制収容所に送られるという恐怖政治が敷かれています。

本書は、これらの監視体制がウイグル民族の文化や歴史、アイデンティティをいかに破壊しているかを、詳細な取材と証言を通じて描き出しています。
AI技術の進化がもたらす人権侵害の危険性を警告するとともに、国際社会に対してこの問題への関心と行動を促しています。

『AI監獄ウイグル』は、現代のテクノロジーが権威主義的な政権によってどのように悪用され得るのかを示す重要な作品であり、人権と自由の価値を再認識させられる一冊です。

印象的くだり
「中国はぼくを拷問し、睡眠を奪いました。すべてを放棄するよう求めてきました」と彼は私に語った。「集団全体を殺すことを目的とした、古いスタイルの集団虐殺ではありません。もっと洗練されたものでした。彼らはぼくの考え、アイデンティティー、すべてを消すことを望んだ。ぼくが誰であるかも、ぼくが書いたものもすべて消そうとしました。歴史と文化のなかに、ぼくたちの記憶はある。記憶、存在、精神を消してしまえば、民族そのものを消すことができるんです」(P.062)。

「結果、2003年にマイクロソフトは中国とほかの59の国にたいして、ウィンドウズのオペレーティング・システムの基本ソースコードを開示し、特定の一部分をその国独自のソフトウェアと置き換える権利を与えた。それは、マイクロソフトが過去には絶対に許可しようとしなかったことだった」とフォーチュン誌は伝えた。
マンディの意見を聞いたゲイツは、マイクロソフトが過ちを犯していることに気づいた。裕福な国でも、中国のように貧しい国でも、マイクロソフトはウィンドウズの価格を世界で均一に設定してきた。しかしそれは現実的ではなく、結果として海賊版が出まわることにつながっていた」(P.088)。

国外のあらゆるウェブサイトへのアクセスを遮断する中国のインターネット検閲システムは、万里の長城になぞらえて「グレート・ファイアウォール」と揶揄されるようになった。このシステムを作り上げたのは、コンピューター科学者のが浜輿だった。インターネット検閲の父と呼ばれた方は全国的な嫌われ者となり、2011年には怒った男性から靴と卵を投げつけられるという事件も起きている。しかし政府の方針が変わることはなく、中国は「金盾」と呼ばれる第2のシステムの開発も進めた。このシステムによって政府は、インターネット上で送受信されるすべてのデータを検査し、国内のDNS(ドメイン・ネーム・システム)をブロックすることができるようになった。
急成長する中国の新興テクノロジー企業の存在に気づきはじめた米国政府は、中国の技術の近代化がアメリカの軍事的利害や国家安全保障にもたらす脅威について危惧するようになった(P.092)。

国家の支援を受ける中国企業には、外国企業と提携関係を結ぶときに“強制的な知山的財産の移転”を行なう習慣があった。通例として外国企業は、中国の閉鎖的な市場に参入するためには現地企業と提携しなければいけなかった。その際の非公式の条件のひとつが、半導体、医療機器、石油、ガスなどに関連する機密技術を中国企業に移転するというものだった。
この習慣は、世界貿易機関(WTO)のルールに反するものだった。しかし、中国の1億人の潜在的な顧客にアクセスすることを望むアメリカ企業は、技術上の秘密をしぶしぶ中国側に教えた。
前述のとおり中国は、微信などのアプリやサービスの利用情報を集め、全国民のデータを蓄積しはじめていた。すると国内の新興テクノロジー企業の多くは、大きな利益を見込める急成長中の分野である人工知能においてトップリーダーになることを目指すようになった。中国で一気に数が増えつづけていたAI研究者たちは、世界のAI先駆者たるアメリカの飛躍的進歩に眼を向けた。中国企業はAIの秘密を解き明かすため、海外に留学してマイクロソフトやアマゾンに就職した優秀な中国人AI開発者を探しだそうと躍起になった。そして彼らに大きな報酬を与え、さらに愛国心に訴えかけて母国におびき寄せようとした(P.112)。

半年ほどたつと、あまりの退屈さに耐えられなくなった。スパイとして雇われるまえ、独立運動のための戦闘員を目指していたころに思い描いていた戦場での栄光などこれっぽっちもなかった。ユスフはアメリカのメッセージング・アプリWhatsAppを使ってハンドラーにメッセージを送り、もう辞めたいと伝えた。
「いつもWhatsAppを使っていました。安全だと思っていましたから」と彼は言った。「微信は使いませんでした。中国の諜報機関でさえ、微信は監視されているんじゃないかと疑っていました。政府はいつでも、データを引き渡すよう微信に命令することができましたからね」(P.177)。

家庭に政府職員を送り込む
2017年12月に共産党は、100万人の党幹部をウイグル人の家庭に配置する「家族になる運動」(結対認親)をはじめた。政府のプロパガンダでは、この人員配置は「家族の再会」と呼ばれた。しかし実際のところその取り組みは、ウイグル人の住居に政府職員を送り込み、寝食をともにしながら住民を監視するためのものだった。
実験的に行なわれた「家族になる運動」は、やがて本格的なホームステイ・プログラムへと拡大した。政府職員は、2ヵ月おきに5日間にわたってホスト・ファミリーとなる一般家庭の家で生活した。受け容れ先の家庭が参加を拒んだ場合、その家族はテロリストとみなされ、強制収容所送りになった。
世界じゅうから人権侵害の報告が出てくると、中国はその評判をなんとかごまかし、新疆の状況から注目を逸らそうとした(P.310)。

ある日の昼食後、携帯電話が振動し、メイセムは画面をたしかめた。アルフィヤと名乗る見知らぬ女性から、微信のメッセージが送られてきた―家族が「ケア」を受けているから「帰国」したほうがいい。
「あなたの家のまわりは最近とてもきれいになりました」とアルフィヤは綴り、実家のある街角の写真を送ってきた。「近所の人たちはあなたのことが大好きなようです。友達も家族も、みんなあなたに戻ってきてほしいと言っていますよ」メイセムは暗灘たる気持ちになった。『アルフィヤ』が政府の諜報部員であることはまちがいなかった。完璧な警察国家はおそらく微信の近況更新の内容をとおして、メイセムへとたどり着いた。当局は秘密の『近況の更新をいつから監視していたのだろう、と彼女は考えた。
「その瞬間」とメイセムは言った。「家族が収容所送りになったと確信しました」(P.370)。

2018年から2019年にかけて行なわれた数多くの研究のなかで、アメリカ国立標準技術研究所などの研究機関は、AIシステムが有色人種や女性に不利に働く傾向があることを一貫して明らかにしてきた。2019年に公表された政府の調査結果によると、アジア系およびアフリカ系のアメリカ人男性のほうが、白人男性に比べてAIに誤認される確率が100倍ほど高いことがわかった。さらに、女性は男性よりも誤認されやすい傾向があった。一方で、中年の白人男性にたいする誤認率はほぼゼロだった(P.429)。

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