『たった一人の熱狂-仕事と人生に効く51の言葉』

見城徹
「たった一人の熱狂」
仕事と人生に聞く51の言葉

読後の感想
この本は小手先ではない本当の仕事のやり方の書いた本です。
まさに見城さんの熱意が人を動かす、そしてその熱意は人に伝わる、ということを体現したような一冊です。
この本を通じて、自分にも見城さんの熱が伝染してきました。

自分もこんな人と仕事をしたいと思う反面、こんな熱い人と一緒に仕事ができるのだろうかという不安を大きく感じました。

見城さんの話を読んでいると、マクドナルドのファウンダーであるレイ・クロックを思い出します。
言っていることも同じです。

何よりも凄いのは、自分が幻冬舎の社長なのに、この本が双葉社から出ているということ。

印象的なくだり

努力することに意味があるなどと言うのは単なる人生論であって、仕事に関して言えば「成功」という結果が出ない努力に意味は無い。
いや、そう考えるしかないのである。
僕の口癖は「これほど努力を、人は運と言う」だ。
幻冬舎からベストセラーが出たり、新しい事業が成功すると、「運がいいですね」と言う人がいる。
そんな時、僕は「おかげさまで運がいいですよ」と返しながら心の中で舌打ちをする。「俺はあんたの100倍血を流し、努力しているのだ」と独りごちる。
圧倒的努力とは何か。人が寝ているときに寝ないで働く。人が休んでいるときに休まずに働く。どこから手をつけたらいいのか解らない膨大なものに、手をつけてやり切る。
「無理だ」「不可能だ」と人があきらめる仕事を敢えて選び、その仕事をねじ伏せる。人があきらめたとしても、自分だけはあきらめない(P.029)。

こんなこと書かれたら、「俺はまだ努力が足りない」と思うしかなくなる。
自分自身にはいいけど、他人に言わないように気をつけないと。

仕事ができない人間には決まって共通点がある。小さなことや、片隅の人を大事にしないことだ。そんな人間に大きな仕事ができるわけがない。雑用をいい加減にやったり、人との約束を簡単に破ったり、名もない人を無下に扱うような人は、大きな結果や成功をつかむことは出来ない。
自分一人だけが一匹狼として活動するのであれば、小さな約束を守らず、小さな人を大切にしなくても仕事は回って行くかもしれない。
だが、数多くの人と関わる仕事をするのであれば、他者への想像力は必須だ(P.091)。

つまらないことをやたらと人に頼まない。そのかわり、人の重要な頼みは全力で引き受ける。これが僕なりの「安目を売らない」という意味だ(P.100)。

『出口汪の「最強!」の書く技術』

『出口汪の「最強!」の書く技術』
出口汪

印象的なくだり

現代の私たちは不特定多数の読者に対して「書く」ことを求められているのです。
そして、そのために不可欠なのが「論理的に書く技術」なのです(P.002)。

いちど発信した文章は二度と取り返すことができません。
もし、そうした日本語の規則を知らなかったら、生涯間違った文章を書き続けることになります(P.003)。

相手の手に渡った文章や、デジタルデータとして公開された文章は、たとえ論理的でなかったり、日本語の規則に違反していても、自分の手の届かないところで保存されてしまう可能性があるんだ。つまり文章は、ハルカちゃんの能力や教養を刻印したまま、のちのちまで残るものなんだよ(P.046)。

では今から、一切言葉を使わずに、何でもいいから考えてみて。
(中略)
頭の中がぼんやりして、何も考えられません。
(中略)
こんなふうに、言葉を使わず、何かを考えようとしてもできない状態を、カオス(混沌)と言うんだ。
(中略)
聖書で「初めに言葉ありき」って書かれているんだけど、その意味を知ってる?
(中略)
たとえば、天と地が分かれ、人間が存在していても、言葉がなければ、天は天でなく、地は地でなく、人間は人間でない。全てがカオスの状態なんだ。
ひょっとして、「天」は「天」て言う言葉があるから、認識できるってことですか。
そう。言葉がない時も、もちろん、「天」はあったけど、それは「天」として認識されていなかった。つまり、人間が言葉を初めて持った瞬間、世界はカオスから脱却したんだ。
「はじめに言葉ありき」の意味がわかりました。
うん。そしてこのとき、人間が手にした言葉な感情語ではなく、論理語なんだよ。
論理語って、人間しか持っていない言葉なんですね。
うん。人間は言葉で世界を整理したんだ。天と地、動物と植物、心と体、神と悪魔、右と左など、あらゆるものをいったん言葉に置き換え、外界の情報を整理することで、初めて論理的に考えるようになったんだよ(P.062)。

文章を書くときのポイント
まず一つ目のポイントは、書きたいことが明確にあるかどうか。
書きたいことがないのに、無理に文章をひねり出しとって、うまくいくはずがないよね。
二つ目のポイントは、書くことが頭の中で整理できているかどうか。
自分の頭の中で整理できていないことを、人に伝えるのは難しい。不特定多数の読者が相手ならなおさらだ(P.123)。

伝えることのできる文章を書くことの難しさ

誰かに読んでもらうことを前提とした文章は難しい。
それがお金をもらう、ことになればなおさらだ。

いま私が考えていることを、文章で誰かに伝える、なんてとんでもない。

最近モヤモヤとこんなことを考えています。

自分自身のことを思い返してみても、誰かに分かってもらう前提で今まで来ていなかったような、、、
(身もふたもない)
例えば、思い起こすとこんな感じ。
「そういえば、いつ写真を撮るときには「誰かに見てもらう」つもりはあまりなかった」
「そういえば、ご飯を食べるときには「この美味しさを誰かに話す」つもりで食べていなかった」

だが、しかし

あ、白髪増えてきたので、逆に白く染めようか考え中です(これは伝わるはず