『闇バイト 凶悪化する若者のリアル』

読後の感想
『闇バイト 凶悪化する若者のリアル』

著者廣末登の『闇バイト』は、独自の視点から半グレに焦点を当て、その中でも特に闇バイトと呼ばれる裏社会での仕事にスポットを当てた興味深い作品です。本書では、著者の広範な交友関係や犯罪者側の証言を通じて、この危険な仕事の実態に迫っています。

筆者は半グレをいくつかのカテゴリに分類し、その中でもカテゴリ1「準暴力団」、カテゴリ2「不良がかった青少年や一般人」、カテゴリ3「兼業半グレ」、カテゴリ4「ヤメ暴=元暴アウトロー」そしてカテゴリ5「外国人犯罪集団」の存在に注目しています。特に、カテゴリ1、カテゴリ3、カテゴリ4に分類される人々が、かつては「暴常」つまり「暴力常習者」として警察にマークされていたことに触れ、暴力団対策法施行以前は、彼らには「暴常」のハンコが割り当てられていたとの事実を明らかにしています。

本書の中で描かれている闇バイトの入り口は、驚くべきことに軽いものであると述べられています。個人情報を把握され、脅しをかけられることで、被害者は簡単に犯罪の渦に巻き込まれ、脱出が難しくなります。また、「受け子」と呼ばれる直接的な被害者と関わることで捕まる可能性が高まり、犯罪首謀者にとっては使い捨ての存在となります。

特殊詐欺の中でも、電話をかけたりする役割には演技力が求められる一方で、クレジットカードを受け取る役割やATMからお金を引き出す役割の受け子や出し子は、使い捨ての存在として扱われています。本書は、犯罪の裏で何が起きているのかを暴露し、その手口や背後に潜む仕組みを詳細に探求しています。
また、「たたき」と呼ばれる強盗もまた誰でもできる簡単な役目であり、首謀者からすると使い捨ての存在です。
例えば、どうせ使い捨てるので足がついてもいいようにレンタカーを使わせ、ナンバープレートも変えていないので、Nシステムや防犯カメラに映っても気にしないのです。

興味深いのは、著者の広い交友関係から取材されたさまざまな人々のインタビューです。特殊詐欺の首謀者や半グレの幹部、元暴走族のヤクザまで、多岐にわたる視点からの証言が本書を一層深化させています。彼らは口を揃えて「闇バイトはやめたほうがいい」と警告しており、これは闇バイトを検討している読者たちにとって強烈なメッセージとなっています。

総じて、『闇バイト』は半グレという社会の裏側に光を当て、その危険性と非倫理性を浮き彫りにしています。著者の不幸な青少年時代から得た視点が、この作品に深みとリアリティを与えており、他の誰にも書けなかったであろう独自の内容が堂々と綴られています。

印象的なくだり

この半グレについては、二〇一二年に、ノンフィクション作家の溝口敦氏が、『ヤクザ崩壊—侵食される六代目山口組』(講談社+α文庫)において活字化し、それ以後、広く用いられるようになった用語です。同氏は、『暴力団』(新潮新書)において、半グレは「暴力団とは距離を置き、堅気とヤクザとの間の中間的な存在である暴走族OBである」と述べています。しかしながら、前述したように、現時点において、半グレには明確な定義があるわけではありません。
「半グレ」は、平成の日本社会に忽然と現れた新しいものではありません。昭和の時代に存在した「暴力団の影響下にある暴走族」や「暴力常習者」「不特定準構成員」常習的・集団的に違法行為を行なう者として、警察の取締り対象でした。
「暴力常習者」とは、その名のとおり「暴力を常習にしている者」であり、「不特定準構成員」は「特定の一つの暴力団とだけ関係を持っているのではなく、不特定の複数の暴力団組織と、持ちつ持たれつの関係を持ちながら犯罪行為を繰り返す者」と定義されます。いずれも現代の半グレと同様の特徴を有していました(P.033)。

「資産の状況を聞き出すのは簡単です。例えば『○○テレビです。池上彰さんの「○○」という番組ですが、ご覧になったことはありますか?アンケート調査に協力してもらえませんか』と電話で切り出して、『老後二〇〇〇万円問題が話題ですが、備えはできていますか?』『タンス貯金は三〇〇万円以上ありますか?』など次々にイエス、ノーで答えられる質問をしていきます。最後に、『当番組は夜○時に放送しています。お一人で観られますか、ご家族と一緒に観られますか』と聞くんです」(「現代ビジネス」二〇二三年二月二七日)。
どこまでも狡猾で油断のならない詐欺グループの探りに、我々はなお一層の注意を払う必要があります(P.140)。

緊張下の適応も人によって異なる
アメリカの社会学者R・K・マートンは、『社会的理論と構造』(一九六八年)において、社会の人々に共通する目標(=「文化的目標」、たとえば富を得て裕福になること)がそれを達成するための合法的な手段(=「制度的手段」)との間に不協和音を生じることをアノミーと呼びました。
現代社会においては、「経済的な成功」が万人にとっての目標として強調されていますが、他方において、全ての者が富を獲得するための合法的な手段を授けられているわけではなく、多くの困難が待ち構えているのです。このため合法的な手段で目標を達成することのできない者は、目標を達成することができないというアノミー的な緊張状態に陥り、その緊張から逃れるために、犯罪によってでも目標を達成しようとするのです。
つまり、マートンは遵法意識の衰退した社会構造の中で犯罪が生じると主張したのです(瀬川晃『犯罪学』成文堂)。マートンのアノミー論が示唆するアノミー下における人々の対処方法を見てみましょう。
①同調(文化的目標を、合法的手段を用いて達成する)
②革新(文化的目標を、合法的手段を用いずに達成する)
③儀礼主義(文化的目標を放棄し、合法的手段は遵守する)
④逃避(文化的目標を放棄し、合法的手段にも従わない)
⑤反抗(文化的目標を新しいものに置き換える)
仮に「外国製の高級自動車を買う」という文化的目標を、「働いてお金を稼ぐ」という合法的手段によって達成する場合を例に考えてみましょう。
①同調は、「働いてお金を貯めて、あるいは、銀行のマイカーローンに申し込んで高級外車を購入する」という、遵法意識の高い人たちが普通に適応している形態です。
②革新は、文化的目標のためには手段を選ばない方法の選択、つまり「高級外車を盗む」、あるいは「違法に稼いだ金で高級外車を買う」というものです。③儀礼主義もまた一般的な適応で、「高級外車を買う」という目標を諦め、たとえ生活が苦しくても働いて節約しながらやり繰りすることで適応しようとします。逃避は、高級外車を買うという目標を断念して、薬物乱用などに至る適応形態です(これも社会問題化しています)。⑤反抗は、政治犯罪に手を染めたり、カルト宗教などに加わったりして、「高級外車を買う」という目標自体を、政治的信念や帰属する団体で共有される目標に挿げ替えるものです。
今回、本書の議論において注目すべきは、②革新の適応形態です。「経済的な成功」のためには、手段を選ばないという選択であり、昨今、巷間を騒がせている強盗事件は、まさにこの「革新」に当てはまるといえます(P.196)。

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『このミステリーがすごい!2024年版』宝島社

『このミステリーがすごい!2024年版』宝島社

毎年楽しみにしているムック本、それがいわゆる『このミステリーがすごい!』。ランキングが絶対的なものではないにせよ、その中から見事1位に輝いた米澤穂信の『可燃物』、3位に位置する東野圭吾の『あなたが誰かを殺した』、7位の小川哲の『君のクイズ』。これらの作品に触れ、書評を読むうちに、興奮が募り、私も読むことを決意しました。

ランキングのトップに立つ米澤穂信の『可燃物』は、早速購入済です。
そして、小川哲の『君のクイズ』は、特にクイズ好きのミステリーのファンにとっては絶対に読み進めたい作品です。『君のクイズ』がランキング7位に入るだけでなく、この本内での特別対談にはクイズノックの河村拓哉さんと小川哲さんが登場しており、背景読みの中にはたまらないです。対談の中で彼らの意外な共通点が浮かび上がり、作品の舞台裏に迫ることで、『君のクイズ』がより身近に感じられることでしょう。

この本を手にすると、単なるランキングだけでなく、各作品の魅力や奥深さに触れることができます。そして、中でも特別対談の存在は、読者にとって新たな視点を提供し、作品の裏側に迫る機会となるでしょう。ミステリーの世界に没入し、予測不可能なサスペンスや心理描写に挑戦したい方にとって、この一冊はまさにおすすめの宝物と言えるでしょう。

印象的なくだり
河村:
共感という点でいうと、サッカーの試合をテレビで観てもサッカーをやったことにはなりませんが、クイズ番組は観ながら一緒に問題を解けるのも大きいでしょう。
(P.126)。

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『ガチャガチャの経済学』小野尾勝彦著

『ガチャガチャの経済学』小野尾勝彦著

読後の感想
大人になっても物を合理的に持たない方針を持っている自分ですが、最近、身の回りで頻繁に見かけるガチャガチャには非常に興味を抱いています。かつては無関心で、あの「コップのフチ子さん」すら知らなかったほどでした。しかし、この本を読んで、自分が古い常識の中で生きていたことに気づかされました。

自分が知らない間にガチャガチャは進化し、かつての「キン肉マン消しゴム」の時代とはまったく異なる構造に変貌しています。今日のガチャガチャ業界は、企画からリリースまでの基本3ヶ月の短いサイクルで構築され、各ベンダーが独自の特色を打ち出しています。再販しないポリシーから生まれるレアアイテムは多く、高いコレクターズアイテムとしての価値があります。

市場の規模を見ると、カプセルトイ市場は約610億円という巨大な存在となっています。2002年から2020年までは200億円から400億円の範囲で推移していましたが、2021年から急激に成長し、2022年には約610億円に達しました。2022年の成長率は前年比35.6%という異例の数字です。ちなみにUFOキャッチャーなどのクレーンゲーム市場規模は2330億円で、ガチャガチャの4倍にも及ぶそうです。

驚くべきは、現在のガチャガチャの製作プロセスです。企画から製造、流通までメーカとオペレータ(代理店)が原価計算を徹底的に行い、高品質を確保しています。従来の軒先商売とは異なり、イオンモールなどの一等地に出店するビジネスモデルが確立されています。

一方で、何が出るか分からないサプライズ感や射幸心を煽る手法により、無意識にコインをどんどん投入してしまう様子も見受けられます。両替機が絶えず利用されている光景もあります。これらの事実から、ガチャガチャがまだまだ伸び代があるビジネスであることが示唆されます。新しいアイデアやユニークなコンセプトが続々と生まれ、業界は着実に成長しているようです。

ガチャガチャの基本構造は「メーカー」「オペレーター(代理店)」「販売店」の3つで、特に拡大している「ガチャガチャ専門店」は、オペレーターが販売店の機能も担う形態と言えます。在庫リスクはオペレーターが負担し、利益の分配はメーカーが50%(うち工場が20%)、オペレーターが30%から35%、販売店が20%から15%程度となっています。企画から製造までの所要時間が約3ヶ月が主流であり、新規参入を考えるならば、既に寡占状態にあるオペレーターは難しく、販売店の集客も一苦労と考えられます。まずはメーカーの企画側に参加することが有益でしょう。

ガチャガチャは従来、コインを使用する前提でしたが、現代においてはQRコードやSuicaなどを読み取れるマシンが登場しています。これにより、コインを使わずに利用でき、両替機が不要となるだけでなく、価格設定も柔軟に行えるようになりました。つまり100円単位に限られないということで、例えば、777円なんて値付けも可能ということです。

これらの情報を得て、ガチャガチャは単なる子供の遊びだけでなく、ビジネスとしても興味深い分野であることが明らかになりました。未知の世界に触れる喜びと、進化し続けるガチャガチャの魅力に引き込まれています。

印象的なくだり

ガチャガチャの発祥地はアメリカだった
そもそも現在のようなガチャガチャの歴史はどこから始まったかというと、今から140年以上前の1880年代にアメリカのニューヨークでチューインガムやキャンディ、鉛筆、香水などが無人販売機で販売されていたのがルーツだと言われています。設置場所は駅のプラットフォームやタバコ屋でした。当時はカプセルに入っておらず、むき出しの状態で入っていたようです。
1940年代に入ると、マシーンの中にガム以外にセルロイド製の小さな玩具を混ぜて売るようにしたところ、この玩具目当てにハンドルを回す子どもたちが増え、いつの間にか玩具だけが独立して売られるなりました。疲れて泣き叫ぶ子どもたちをなだめるのに便利ということで、「シャラップ・トイ」と呼ばれたそうです。これが現在も受け継がれる「何が出てくるかわからない」要素を備えたガチャガチャの原型です。その当時もカプセルに入っておらず裸のまま出てきたので不衛生でした。また、マシーンの故障が多くて大変だったようです。1940年代後半からカプセルの中に入れる現在の形になりました。この時代から第二次世界大戦を挟んだ1960年代まで、カプセルの中身の玩具をつくっていたのは、実は日本の会社でした。東京の葛飾区や墨田区にある町工場がつくったミニチュアトィをアメリカの会社へ輸出していたのです。日本でつくられた玩具がアメリカの子どもたちのコレクショントイになっていたわけです(P.031)。

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『清張鉄道1万3500キロ』赤塚隆二著

『清張鉄道1万3500キロ』赤塚隆二著
読後の感想
松本清張の作品には鉄道がよく登場するのは、有名な話である。それは松本清張が乗り鉄だったというわけではなく、時代背景と連載作品が影響しています。たとえば『点と線』が連載されていたのは日本交通社の『旅』という雑誌だったします。
つまり、読書と鉄道の愛好者なら、必然的に松本清張のファンになることでしょう。しかし、この本は単なるファンの域をさらに一歩進んで、全作品の中で登場人物がどの鉄道に乗ったか、そして誰が最初に乗ったかを調査し、それを鉄道地図にまとめた作品なのです。
このアイデア自体は同人誌の域を超えるものであり、それを実際に本として出版するまでのプロセスは前代未聞のものでした。資料の収集、作品への仕上げ、そして構成の難しさが結実した、まさに驚くべき一冊です。解説では酒井順子氏が「松本清張をこよなく愛する人のこと」を「シャーロキアン」をもじって「セイチョリアン」と呼んでいますが、私もその一人として、楽しく本を読むことができました。

本書には、例えば「何々線を最初に乗車したのは『何々』という作品の何某」といった表記が散りばめられています。これを理解するには、当然ながら作品を読んでいる必要があります。なぜなら、この本を手にするような読者は、ほとんどの作品を読んでいることが期待されるからです。もちろん、私もその一人です。

こうした独特のアプローチにより、読者は自ら選択する楽しみが生まれます。率直に言って、この本は面白い試みを実現した結果、素晴らしい作品に仕上がっています。最後の資料編は特に貴重であり、これを大切に扱いたいと感じています。
松本清張が愛した鉄道の世界をこのような視点から垣間見ることができるのは、まさにファンとしての特権です。赤塚隆二氏の『清張鉄道』は、文学と鉄道愛が交錯する独自のエッセンスを持ち、読者に深い感動を与えてくれることでしょう。
この本を手に取ることで、松本清張の作品に新たな解釈を加え、彼の鉄道愛がどれほど深いものであったかを垣間見ることができます。松本清張の世界観と鉄道の融合が、読者にとって興味津々な冒険へと誘ってくれます。

ちなみにこの本は、福岡県小倉市にある松本清張記念館を訪問した際に地下一階の図書室で初めて知りました。興奮のあまり、その記念館を出た瞬間にネットでポチってしまいました。

なお、いうまでもありませんがタイトルの『清張鉄道1万3500キロ』は、宮脇俊三氏の『時刻表2万キロ』のオマージュでしょう。

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