『組織不正はいつも正しい』中原翔 著
読後の感想
「不正は悪である」というステレオタイプに挑戦し、その背後にある組織の構造や心理的要因を解き明かす内容は、多くの示唆に富んでいます。組織不正を他人事と捉えず、自分たちの身近な問題として考えるきっかけとなる一冊です。
明快な分析と豊富な事例で納得感が高い反面、議論が専門的になりやすいため、やや難解な部分もあります。しかし、読み応えがあり、考えさせられる内容です。
本書は、「組織不正」がなぜ繰り返されるのか、そしてその背後にある構造や心理について、具体的な事例を交えながら解説しています。著者は、組織不正が単なる「悪意」や「倫理観の欠如」ではなく、時に組織の「合理性」や「正当性」の枠組みの中で生じることを指摘します。東芝の不正会計や組織内部の統制の問題、さらには多様性が組織不正を防ぐ可能性に至るまで、幅広い視点で議論を展開しています。
例えば、組織は短期的な利益や目標達成のために、不正行為に手を染めることがあります。しかし、その行為は長期的な視点では必ずしも合理的でありませんでした。
著者は「非効率性の合理性」や「不正の合理性」という概念を通じて、不正がどのようにして組織内で正当化されるのかを説明しています。
この「正当化」というのが肝です。従業員の心理としては当然不正は良くないと感じていますが、組織の論理がその不正を正当化してしまうのです。
また、内部統制は不正を防ぐための重要な仕組みですが、完全ではありません。「監視されているから不正は起きない」という前提は危険であり、時に統制の網目をくぐる形で不正が発生します。
興味深いのは、アメリカ型不正(利益追求)と日本型不正(会社存続)という対比でした。日本型不正として例に上がっていた東芝の事例では、不正によって得られた利益が組織にとって「小さすぎる」点が問題の本質として議論されています。
また、組織不正を防ぐ組織作りの可能性として。女性役員やジェンダーの多様性が示唆されていました。組織に多様な視点を取り入れることが、不正行為の抑止力となる可能性がある点は、実務的にも注目すべきポイントでした。
「発生型不正」(明確な原因がある不正)と「立件型不正」(捜査機関による立件ありきの不正)に分類することで、従来の理解をさらに深めることができました。
本書の最大の魅力は、「不正」というネガティブな行為を単なる倫理問題として片付けず、その背景や構造にまで踏み込んで考察している点にあります。著者は単に企業の事例を挙げるだけでなく、「合理的であろうとする組織が、なぜ不正に陥るのか」を科学的に分析しており、多くの気付きがありました。
特に、東芝の事例を通じて描かれる「利益がほとんど得られないにもかかわらず続けられた不正」は、組織が目先の目標やプレッシャーに囚われた結果、非効率的な選択肢を採ることがある点を浮き彫りにしています。
一方で、現場やリーダーの責任感の欠如、組織内部のチェック機能の限界といった具体的な問題点も明確に描かれており、読者が職場での実践に活かせるヒントが随所にあります。
印象的なくだり
ところで、なぜこのような組織不正があとを絶たないのでしょうか。いくつかの理由が考えられますが、一つには組織が不正をすることによって多くの利益を生み出しやすいと考えられるためです。例えば、不正会計がそうです。本書で言えば、第三章の東芝の不正会計問題です。本来であれば、「短い時間」でそこまで多くの利益を生み出せないにもかかわらず、東芝は不適切な会計処理をすることで短時間に多くの利益を生み出そうとしました。利益の水増しは、多くの利益を生み出すためによく利用される方法です。
でも、組織不正が発覚したあとのことを考えると、多くの人々は「組織不正を避けるべきだ」と考えるのではないでしょうか。あるいは、「組織不正と疑われるようなことはやめよう」と思うのではないでしょうか。
というのは、組織不正がひとたび発覚すれば、企業の株価や評判などは下がりますし、時には多くの罰金を払う必要もあるからです。最悪の場合、企業は倒産してしまう場合もあります。より大きな企業であるほど、倒産した時の影響は計り知れないものですから、あとから取り返しがつかなくなってしまいます。こう考えると、組織不正を行わない方が得策にもかかわらず、それでも組織不正に手を染めてしまう企業が少なくないのです。
本書では、このように組織不正を行わない方が得策にもかかわらず、なぜ組織不正があとを絶たないのかを考えていきたいと思います。とりわけ、組織不正がある種の「正しさ」において生じたものとして考えることによって、組織不正が私たちにとって身近な現象であることを明らかにしていきたいと思っています。詳しくは、本書で事例も交えながら説明していきますので、各章を自由にご覧いただければと思います(P.007)。
内部統制とは、簡単に言えば、組織内部での不正が起きないように、人々を統制(コントロール)する仕組みのことです。
このような内部統制制度は、大企業を中心に積極的に拡充されており、日頃の業務活動がくまなく監視される状況にあると言えます。日頃の業務活動がくまなく監視される状況にあるというのは、私たちが日頃仕事をしている時には必ずと言っていいほど、誰かのチェックを受けなければならず、たった一人で不正を行おうと思っていても、その疑いを指摘されてしまうということを意味しています。
したがって、明確な意図をもって不正を行おうとしていても、結局誰かに指摘されてしまう、あるいは不正が起きる前に「これはおかしい」と書類の修正などを求められてしまうのです(P.024)。
一般的に、組織は合理的に活動することによって物事を前に進めるのですが、合理的に失敗してしまうのです。なぜでしょうか。菊澤先生によれば、この合理的失敗は次の二つが原因となっているとされています。それらは、次のようなものです。
一、たとえ現状が非効率的であっても、より効率的な状態へと変化・変革する場合、コストが発生し、そのコストがあまりにも大きい場合、あえて非効率的な現状を維持する方が合理的となるという不条理〈非効率性の合理性〉
二、たとえ現状が不正であっても、正しい状態へと変化・変革する場合、コストが発生し、そのコストがあまりにも大きい場合、あえて不正な現状を維持隠ぺいする方が合理的となる不条理〈不正の合理性〉(P.041)。
不正会計を、アメリカ型不正会計(利益追求)と日本型不正会計(会社存続)として比べられているのが澤邉紀生先生です。ここでは、澤邉先生の論文から一節を引用してみたいと思います。
アメリカ型不正会計の私利追求という動機、旧来の日本型不正会計のお家を守るという気持は、ともに不正によってそれを上回る利益を得ようとしたという意味で合理的である。しかし、東芝では、会社としても個人としても、誰も大きな利益を得ることがないにも関わらず不正が行われた。通常ならば、善良な市民である優秀な東芝の従業員が、なぜこのような不正に長くにわたって染まってしまったのか、その背後にある構造が現代社会における会計の力を物語っている。
東芝問題の本質を理解するヒントは、会計不正によって得られた利益の小ささにある。2015年7月に公表された第三者委員会報告書によれば、会計操作によってかさ上げされた利益は1500億円程度である。7年間の累積で約1500億円であるから、1年あたり220億円である。同期間の1年の売上高が6兆円あまりであるから、会計操作によってかさ上げされた利益額はその0.3%にしか過ぎない。純利益が約2000億円であるから、1割弱の比率である。1500億円という金額も、220億円という金額も決して小さなものではない。しかし、東芝というブランドを毀損してまでして得られる利益としては小さすぎる。実際に、会計操作の影響を除外して東芝の財務分析を行なっても、全体として大きな違いはない。会計操作をしてもしなくても、東芝全体としての財務状態に大きな違いはなかったのである(P.099)。
つまり、「自分たちの製品はこういう理由で外為法に違反しない」と考えていたとしても、ある日突然、捜査機関によって逮捕や起訴されてしまうことがあるのです。
これは、第一章で述べた「立件型不正」の典型です。組織不正には組織に明確な発生原因のある「発生型不正」だけではなく、捜査機関があらかじめ立件することを決めてかかり、その逮捕や起訴に乗り出す「立件型不正」があります(P.153)。
これは一般的な組織で考えれば、管理者・監督者の判断に対して最終的な決裁権限をもつ人物が部下の判断を鵜呑みにして、そのまま決裁を行うような構図に似ていると思います。最終的な決裁権者は、「部下がそう言っているから」とか「自分は直接管理したり、監督したりしているわけではないから」などと言って、責任を放棄してはなりません。
それは最終的な決裁権者である限り、そこに一人の人間としての判断が必ず介在しているからです。つまり、決裁権者もまた管理者・監督者の一人であり、その自覚をもたなければならないからです。
そういう自覚なしに確認印だけを押すようなことがあれば、一体何のために稟議制度において多段階の確認をしているのかが分からなくなってしまいます。何より管理者・監督者が誤った判断をしていることを想定して最終的な決裁権者を置いている組織が多いでしょうから、その判断を疑う目をもたなければならないのではないでしょうか(P.184)。
ここでは、女性役員と銀行不正の関係を論じているバーバラ・カスの研究を紹介したいと思います。カスは、欧州大手銀行の取締役会の多様性とこれらの銀行が米国政府から科せられる罰金の関係を調べています。
その結果分かったのは、女性役員の割合が多い企業の方が、不正行為に対する罰金額や頻度が減っており、平均して年間七八四万ドルを削減しているという事実です。
この詳細についてカスは、ハーバード・ビジネス・レビュー誌のインタビューにおいて次のように話しています。「結果は明らかなもので、適度に説得力のあるものでした。取締役会に女性の割合が多い金融機関は、罰金の頻度も少なく、罰金そのものも軽いものであったのです。(中略)言い換えれば、取締役会に女性が多かったからではなく、取締役会が全体的に多様性に富んでいたこと、つまり様々な年齢、国籍、役員や非役員を代表するメンバーがいることなどがより良い結果をもたらしたのかもしれません。結局、重要なのはジェンダーの多様性だったということです。ただし、他の多様性も罰金の減額に寄与している可能性を認める必要があります」(P.215)。
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