『透明な螺旋』

『透明な螺旋』東野圭吾

読後の感想
東野圭吾の最新作『透明な螺旋』は、人気シリーズ「ガリレオ」における主人公・湯川学の人間性に深く迫りつつ、推理小説としてのスリルと仕掛けを提供しようと試みています。しかし、本作は推理部分において期待を裏切る面もあり、これまでのシリーズとは異なる読後感をもたらします。湯川学という個性が際立つ一方で、物理学的要素を巧みに絡めたトリックが少なく、従来のガリレオシリーズとは一線を画す仕上がりです。

まず、本作のタイトルにある「透明な螺旋」は、DNAの二重らせん構造と血縁関係のないことを暗示していると考えられます。DNAに象徴される「見えない繋がり」が、登場人物たちの人間関係や複雑な家族の絆にどのように影響を与えているかが物語の重要なテーマとなっています。しかし、タイトルに込められた謎解きのヒントに期待しすぎると、推理小説としてはやや凡庸さを感じざるを得ません。本書は心理描写や人間関係の複雑さに焦点を当てており、これまでのシリーズで描かれた科学的なトリックが控えめな点は賛否が分かれるでしょう。

主人公の湯川学は相変わらずのカリスマ性を持っていますが、その個性が強調されすぎてしまったことで、肝心の推理が彼のキャラクターに埋もれがちです。本作では、「ピンクと青の人形」や「男女どちらとも解釈できる名前」などがヒントとして登場し、湯川はこれらに翻弄される形で謎解きに挑みますが、読者にとってこれらのヒントが物理学的視点と直結しないため、物理学者としての湯川の切れ味がいまひとつ発揮されていません。シリーズファンとしては、物理の知識を駆使した湯川の推理が物語を牽引していくのが「ガリレオ」シリーズの魅力でしたが、今回はその点で物足りなさを感じてしまうかもしれません。

物語が提示する仮説も、物理的・科学的な根拠が弱く、事件の推理が湯川らしい理論的な思考で展開されないため、シリーズとしての魅力がやや薄れてしまった印象です。ガリレオシリーズにおける「科学捜査」の要素が薄れ、湯川のキャラクターそのものに頼っている点は、ファンとしては期待と異なる部分かもしれません。

一方で、湯川学の人間的な側面を深掘りする展開は本書の見どころの一つです。彼の知的な分析や冷静な思考に裏付けられた人間観、特に人と人との絆や距離感についての考えが色濃く描かれており、湯川をより人間らしく描くことで、推理小説という枠を超えた人間ドラマとしての厚みが増しています。湯川の人物像に迫る点で、本書はシリーズに新たな側面をもたらしたともいえます。湯川が抱える葛藤や、その背景にある過去の事件と現代の事件との繋がりが彼の内面にどう影響を与えているのかを読み解くことで、新たな魅力が感じられるでしょう。

また、短編「重命る」に比べると、推理のしっかりとした組み立てが弱いと感じる点もあります。「重命る」は短編でありながら、密度の高い謎解きと湯川のキャラクターが際立っており、東野圭吾ならではの緻密なプロットが見事に生かされています。それに比べると、『透明な螺旋』は長編としてのスケールはあるものの、推理小説としての緊張感や構成力においては短編の良さを超えていないと感じられる部分もあり、やや冗長さが残る構成です。

『透明な螺旋』は、ガリレオシリーズとして新たな試みをしつつも、これまでのシリーズと比較すると、推理小説としての印象は薄く、むしろ人間ドラマとしての側面が強く出ている作品です。湯川学の人物像により深く触れたいファンには新鮮な一作であるものの、湯川の鋭い推理が繰り広げられるスリルを求める読者には少々物足りないかもしれません。

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『地面師たち ファイナルベッツ

読後の感想
『地面師たち ファイナルベッツ』は、登場人物が次々と転落し、追い詰められていく心理描写が圧巻のクライムサスペンスです。
特に主人公的な立ち位置である稲田の精神的な変容が見どころで、最初はまだまともな感覚を持ちながらも、徐々にその倫理観を失っていくさまが怖ろしいほどに描かれています。
この物語が進むにつれ、稲田は数々の犯罪に手を染めていき、狂気と欲望の狭間で揺れ動きます。
作品を通じて、人間が持つ脆さや歪みが浮き彫りにされ、読者は手に汗握る緊張感を味わうことができます。

特に替え玉が致命的なミスを犯し、交渉相手の疑念が一気に膨れ上がる場面は、物語の真骨頂と言えるでしょう。
相手に「流れ」を奪われたとき、その状況を覆すのがいかに難しいかを著者は見事に表現しており、交渉ごとにおける緊迫感がリアルに伝わってきます。
一度形成された流れはそう簡単に変えられず、それがビジネスや犯罪の世界でいかに重要かを感じさせられるエピソードです。

また登場人物が頭の中でドラマキャストに置き換わりながら読んでしまうのも、この物語の強い魅力とリアリティゆえでしょう。
ハリソン山中や辻本拓海といったキャラクターがドラマのキャストである豊川悦司や綾野剛に重なるように、視覚的にも臨場感が伴っていました。
特にサクラの描写にはイメージが広がり、池田イライザのような印象が際立ちます。

ただし、登場人物の一人・マヤについては、ハニートラップを仕掛けて性的な場面を利用するという強引な手法がやや目立つ印象を受けました。
彼女が記号的で万能すぎるキャラクターに感じられる部分もあり、狙った相手を確実に落とす手段が同じパターンに頼りすぎているようにも見えます。

本書で特に印象に残ったのは、目的のためには手段を選ばない人々の非情さです。
快楽に溺れるターゲットの川久保を操るマヤや、冷徹な交渉術を操るハリソン山中の姿が、不気味な存在感を放っています。
また、「金がすべて」という価値観が浸透した世界のなかで、弱者の心理や人間の欲望の描写が生々しく、現実のビジネス社会を風刺する要素も見受けられます。
キアスというシンガポールの俗語も効果的に使われ、登場人物たちの野望と競争心が表現されているのも印象的です。

『地面師たち ファイナルベッツ』は、金と欲望に支配された現代社会の裏側を赤裸々に描き、読者に深い余韻と警鐘を残す作品です。

印象的なくだり

ハニートラップにかけられているとも知らず、快楽に溺れる川久保に同情するというより、リー・クアンユーのように目的のために手段をえらばないマヤやハリソン山中という人間が不気味だった(P.067)。

まだ稲田がまともな感性をしているときの描写。このあたりのエピソードは、読者は稲田に親近感と好感を抱くエピソード満載で、珍しくほっこりする部分です。

「宏彰さん、俺も一枚もらっていい?」
白地の名刺を受け取って見ると、それらしい偽名と社名に代表取締役の肩書、シンガポールの住所、携帯電話などの連絡先が日本語と英語で記されている。奇妙なのは、名刺の一辺に切れ込みがあり、袋状になっている点だった。
「なんで、こうなってんの?」
細工がほどこされた切れ込みの部分をしめす。
「名刺なんて渡されて喜ぶの、就活中の学生くらいでしょ。こんな中年のオッサンなんか、普通は相手にされないじゃん?」
「オッサンには見えないけどな」
細い体にフィットしたネイビーのジャケット姿は若々しい。それに感化され、いま身につけている自分のスーツも、シンガポールのオーチャードロードにある宏彰のなじみの店で仕立ててもらった。
「ところが、こん中に万札を何枚か仕込んどくと、ドラえもんのポケットみたいにミラクルが起きる」
「なるほど」
露骨な力技に笑ってしまった。
「でもさ、さっきの娘にしたって、若い客室乗務員ってだけで、いろんな客からちょっかい出されまくってるわけよ」
宏彰の話しぶりに興が乗ってくる。
「少ない給料で面倒臭い客をいなし、先輩のいびりに耐え、大森町のワンルームアパートに帰っても、合コン用のファッション代を捻出するために、深夜のコンビニで買った春雨スープで空腹をしのがなきゃなんない。そんなときにさ、機上の客からもらった名刺に乗務手当何回分かの万札が入ってるのに気づいたら、ヌレヌレになって、感謝のメッセージのひとつも送りたくなるのが人情ってもんじゃない」
宏彰はしたり顔で、
「やっぱり金なのよ。この世はどこまでも」
と、シャンパングラスをかたむけた。
(P.086)。

CAさんの生活の解像度が高すぎなんだけど、実際の取材の賜物なのだろうか。

「ケビンは、『キアス』な感じないもんね」
キアス―シンガポール人の国民性をあらわす俗語としてしばしば使われる。よく言えば、他人に先んじてチャンスをつかむといった競争心や上昇志向、悪く言えば、他人より劣っていたくないといった虚栄心や優越感といった意味合いになるだろうか。父がまさにキアスを体現していた。父の血が流れている自分にも、深いところでキアスが根を張っているのかもしれないが、キアス的な振る舞いは無自覚のうちに避けてきた。(P.154)。

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