『インシテミル 』
米澤穂信
読後の感想(ネタバレあり)
ミステリー好きな人はたまらないネタがあらゆるところにちりばめられていて、知っている人はニヤリとする作品。
主人公たちが館に入ったら真っ先にラウンジに現れる人数分のネイティブアメリカン人形はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』を髣髴とさせ、著者はミステリー好きなんだなぁとニヤニヤしながら予想して読み進めました。
極めつけは各人に配られたカードキーの裏側に書かれたいわゆるノックスの十戒です(P.058)。
1.犯人は<実験>開始時に建物内にいた人物でなければならない
2.各参加者は超自然的な手法を用いてはならない
3.二つ以上の秘密の部屋や通路を使用してはならない
4.未知の毒物や長い解説が必要な装置を用いて殺人を行ってはならない
5.各参加者は中国人であってはならない
6.探偵役は偶然や不思議な直感のみを犯人指名の根拠してはならない
7.探偵役となった者は殺人を行ってはならない
8.主人に対し手がかりを隠蔽してはならない
9.ワトスン役の知能は主人のそれよりも僅かに劣ることが望ましい
10.各参加者は双生児であったり犯人に瓜二つであったりしてはならない
ちなみに注釈が必要だと思われるのは5番。別に中国人に限ったことではないのですが、イギリス人のノックスからすると全く異なる文化・風習を持った人を犯人役や参加者に仕立てては、その人の行動を理解することが困難になってしまうため、だそうな。
ちなみに本書では意図的にこの十戒を破り、あとでカバーする方法をとっています、なんてケレン味たっぷりなっ!
話の大筋は、いわゆる閉鎖空間で行われるローカルルールを元にしたゲーム(殺し合い)という、「バトル・ロワイヤル」的な、割と最近の流行なんでしょうか。
作品としてはよくできていると思います。文章と言うよりも構成が秀逸ではないかと。
外界と遮断された閉鎖空間、見ず知らずの他人、第一の殺人、お互いが疑心暗鬼、
各人に配られた人を殺せる武器、鍵のかからない部屋、見えない監視者、妙に凝った装飾、
真実よりも多数決を優先させる意思決定方法と、恐怖心を煽る演出がとても上手だったと感じました。
本を読んでいる僕ですら、いつ誰が襲ってくるか(襲ってこないかもしれない)分からない中で、鍵のかからない部屋にて一晩を過ごさなければならない「夜」が早く終わらないか、ハラハラしながらページを読み進めたというものです。
ただ、作品の構成が素晴らしいだけに、最終的には動機などはいっさい描かれず(たぶん意識的に)、僕の中でのミステリーの重要な要素たる「動機」がすっぽり抜け落ちていたので、個人的に、この本の終わりは「え?なんだそりゃ?」という感じもありました。
また基礎知識を要する描写も多く(各人に配られた武器自体が、著名な小説を元ネタにしているので、使用方法はその小説を知らないと分からない物もあったりする)、分かる人だけニヤリと分かり、分からない人にはそれなりにと、ミステリー好きにちょっとした優越感を持たせるあたりも、個人的にはどうかなと思いま した。
また、(本書とは関係ありませんが)映画はひどいらしい(感想サイトによると
印象的なくだり
今度こそ本当に、心底から了解した。
必要なのは、筋道立った論理や整然とした説明などではなかった。
どうやらあいつが犯人だぞという共通了解、暗黙のうちに形作られる雰囲気こそが、最も重要だった。
疑心暗鬼が雪崩を打つ先、それが<暗鬼館>における「犯人」の、唯一の条件なのだ(P.421)。