『悪魔のささやき』

『悪魔のささやき』
加賀乙彦

読後の感想
少し刺激的なタイトルですが、内容については「個」と「集団(本の中では「場」とか「気」)」のお話。いわゆる日本人論に着目した本です。
内容は何故雰囲気に流されやすいか、それを避けるためにはどうすればいいかなど。
その避ける方法として挙げられている「死について考えること」は非常に共感しました。

印象的なくだり
(前略)、その人がなぜ殺人をおかしたかを突きつめて考えていくと、しばしば理由のわからないケースが出てくる。
どんなに単純に見える殺人も、実は複雑多様な糸で織られているんです。
それを裁判で、動機というたった一本の糸に収斂させようとすること自体、無理があるのではないでしょうか(P025)。

人間というのは弱い存在です。
自分が好きなもの、いいと思っているものは否定されたくないし、自分の考えを否定するような情報より都合のいい情報のほうに、つい目がいってしまう。
さまざまな情報を公平に拾いあげ、それを客観的に弁別し考察するという方向にはなかなかいかないものなんです。
ネット社会になって、たくさんの情報がインターネット上を飛び交い、私たちはそれを自由に見ることができる。
しかし、多くの人はそのなかから自分の知りたい情報、好ましい情報だけをピックアップしているんじゃないでしょうか。
いや、むしろネットという便利な手段を利用して自分の望む情報を探している、と言い換えたほうがいいかもしれない。
インターネットの登場で、かつてのように国が情報を操作し国民をだますのは難しくなったけれど、私たち自身が自分をだますことは相変わらず続いているのです(P071)。

心のなかのモラルが崩壊し、たくさんの業種で不正が行われ、見逃されているということは、誰でもだまされる危険があるということでもあります。
賞味期限の切れた肉をお惣菜に加工して売っているスーパーの店主が、耐震強度偽装のマンションを買ってしまうかもしれない。
いい加減な建物を建てて儲けた建築会社の社長夫人が、振り込め詐欺にひっかかるかもしれない。
振り込め詐欺をしている連中だって、農薬まみれの野菜や産地偽装の牛肉を口にしているかもしれない。
そんな具合にだまし合ってる私たちを見て、悪魔は大笑いをしているんじゃないでしょうか(P138)。