『勝手に絶望する若者たち』

『勝手に絶望する若者たち』
幻冬舎
荒井千暁

読後の感想
筆者は産業医で、企業内での退職(間際)に際しての様々な事情を見てきたようです。それを踏まえて読んでも、仕事をやめるという結果が絶望から生じた、と読み取ることは難しいように思えます。むしろ、多くページを割いていたOJTの失敗のほうが要因としては大きいように思えました。タイトルでちょっと煽りすぎです。
タイトルの内容より、むしろOJTやマニュアル作成の参考になりそうです。

印象的なくだり
OJTとは、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(on-the-job training)の略で、企業内で行われる職業指導手法のひとつとして、よく知られています。職場の上司や先輩たちが、具体的な仕事を通して、仕事に必要な知識や技術、態度などを部下や後輩たちに指導し、彼らがそれを習得することによって全体的な業務処理能力を高めるという手法です。
これには意図的、計画的、継続的という三つの要素が不可欠です。場当たり的な指導や、いきなり業務を行わせて、困ったときにだけサポートするような指導方法はOJTとは呼びません。
(中略)
OJTの実際は四段階職業指導法と呼ばれ、やってみせる(Show)→説明する(Tell)→やらせてみる(Do)→補修指導する(Check)というプロセスから成り立っています。
実際の手法はかなりきめ細やかで、次のような内容が推奨されており、中世以来の徒弟制度にはみられなかった近代型の職場指導といわれます。
A.新人を配置するとき
まず、安心できる雰囲気が大事。部下たちが仕事に関して、何をどこまで知っているか、事前に調べる。学習に対する興味を持たせ、適切な「持ち場」を用意すること。
B.作業をして見せるとき
注意深く、根気強く説明し、実際に作業を見せ、必要であれば図示し、質問をする。
この際、キーポイントを外さないこと。一度に一点ずつ、はっきりと、丹念に教える。一度に何点も教えることは、相手の負担増になり消化不良を起こす。相手が覚える限度を越えてはいけない。
C.効果を確認するとき
実際に仕事をやらせてみる。相手に説明させながらやらせることが大事。どこがキーポイントかも実際に説明させる。こちらから質問して正解を尋ねることも行い、相手が理解した、と判断できるまで継続する。
D.フォローアップするとき
わからないことが生じたら、誰に質問すればよいのかという相手を判断させる。チェックは頻繁に行う。質問は積極的に行うよう促す。進歩に応じたキーポイントを、相手自身に見つけさせること。そうして特別指導や直後のフォローアップの回数や量を、徐々に減らしてゆく(P.094)。

茨城県の東海村にある原子力発電所で臨界事故が起きたことがありました。事故をまとめた事故調査委員会報告から見えてきたのは、素人の手による安直な創意工夫でした。マニュアルには、業務を遂行するための手順がいくつも書かれていたのですが、現場担当者はその手順の一つひとつが「不要」なものに見えたようです。ためしにひとつを省いてみたら、業務に支障はありませんでした。
(中略)手順を省く前に「どういう理由や必要性があって、この項目があるのか」を考える行為がおそろかになったとき、マニュアルは意味を失います。列記されているものは余計ないことまで書かれていると各自が思うようになってしまえば、すべては自由気儘に行われるようになります。もはやそこに技術の伝承なる思想は存在しません。
マニュアルや標準動作、社内規則の必要性はどこにあるかなどについて、各自・各職場で再討論する時期が来ているように思えます。大事な考え方は「どういう理由や必要性があって」という視点からモノを考える姿勢です(P.115)。

若者たちの「離職理由」をよく眺めてみると、そこに欠落しているものがあることがわかります。≪後工程≫という概念です、後工程を考える姿勢とは、自分の仕事を受け渡す人のことを考えよ、という姿勢です。仕事を受け取る者の立場に立って仕事をせよ、ということであり、より
完成されたかたちで仕事を渡せということでもあります(P.138)。

若い人のなかには、これだけ多くの他人がいるのだから、そこに自分の才能が発揮できる場があっていいはずだ、と思っている人もいるようです。
けれども主観と客観が融合したような場所のことを、西田幾多郎は”無の場所”あるいは”絶対無”と呼びました。自分と他人、主観と客観がひとつになって融合した無なる場所においてのみ、人間は存在するという考え方だとわたしは理解しています。他人という鏡に映し出され、切り取られた部分においてのみ自分がいると換言してもよいでしょう。
必要なことはすべからく相関関係のなかから生まれてきますし、相関関係とは自分と他人、主観と客観がひとつになって融合した無なる場所で発生しているとわたしには思えるのです(P.139)。

中堅にいる人たちが辞めていく理由。それはたぶん、徒労にも似た絶望感のように思われます。何に対して絶望するかといえば、おそらく、考える余裕がすっかりなくなった業務に対してであり、考えること自体を放棄し、喚起さえしなくなった組織体自身に対してであり、不要なものばかり身につけて重くなってしまった自分の身に対してでしょう(P.149)。

(前略)「必要とされていることのなかから、興味がもてるものを探しなさい」(後略)(P.164)。

最近笑えなくなったとおっしゃっていたけど、笑顔が戻ってきましたね。
あなたの笑顔。それはあなたが、もともと持っていたものです。思い出しましたか?(P.179)。