読後の感想
911事件から311までの間に起こった事件を、公開された情報をもとに書いたノンフィクションです。
元々NHKのワシントン支局長で、その時代に遭遇した911の取材情報をもとに書かれている部分は、臨場感と当時の空気感が非常に分かりやすく伝わってきました。
異質な者たちに向けられる視線の険しさは、テロ事件を異邦人として現地で体験した者でなければ容易に実感できないだろう。アフガニスタンを連想させる「AF」という外交官の車のナンバー。だが、実は同盟国、日本大使館のナンバーなのである。日本大使館の総務班は、自分たちの車が「アフガニスタン」と間違えられて、襲われる危険があると心配して国務省の窓口に訴えた。
「日本大使館のナンバー・プレートの『AF』をなんとか別のものに変えてほしい」
国務省の担当者からはにべもなく拒絶されてしまったという、当時のアメリカ社会の空気が如実に伝わってくるエピソードだった(P.120)。
ところで、この本はノンフィクションと言いつつも、扱っている内容が内容なので、全部が全部公開されている情報をもとにしているわけではなく、どちらかというと、分かっている真実のほんの一部分を想像して広げて書かれているような書かれ方をしています。
これは手嶋さんが経験した事実をもとにした想像力、分析力のたまものであって、前提知識のない人が同じ事実を見てもなんとも感じられないのでしょう。
八章立ての中で特に印象的だったのがグアンタナモと炭疽菌事件の話でした。
特に、記憶の片隅から消えそうな炭疽菌事件。
ちなみにこの本読んでいると日本の将来がとても不安になってきました。
沖縄の独立と中国への接近なんて結構現実的な話なんだろうなぁ。
印象的なくだり
インテリジェンスは日本語で一般に「情報」と訳される。だが英語の語感はもっとニュアンスに富んでいる。河原に転がる石ころはどれも同じに見える。だが、それらをひとつひとつ丹念に選り分け、微妙な色や形に秘められた意味を周到に分析していくと、情報の全体像が次第に浮かび上がってくる。醇化された
情報の総体こそがインテリジェンスなのである(P.109)。
佐藤優さんも大好きなインテリジェンスですが、単なる情報ではなく、その分析まで含めた概念なのですね。
いまの日本には奇妙な幻想がひとり歩きを始めている。政治指導者は確かな情報さえ手にすれば、誤りなき判断を下すことができる‐と。インテリジェンス至上主義とでも呼ぶしかない面妖な期待が自己増殖しつつある(P.147)。
これは実感としてあります。
誤った結果が生じたのは、誤った選択肢によるもの、みたいな。
必ずしも正解があるわけではないということを無視した批判が多い気がします。
「大国が互いにしのぎを削る冷徹な世界にあっては、力を持つ者こそが正義なのである。力を持たない者は自分の存在そのものが悪だと決めつけられないよう振る舞うのが精々のところなのだ」
外交に携わる者たちに長く語り継がれてきた箴言である。身も蓋もないほど率直な物言いなのだが、苛烈な国際政治の核心を見事に衝いている。大国同士が、食うか食われるかの抗争に明け暮れるなか、『三銃士』にも登場するかのリシュリュー枢機卿がふと漏らした言葉だった(P.178)。
思いだしたのはアニメ三銃士(笑
銀という希少な鉱物資源に依存する製造業は、ハント事件によって自分たちの産業が拠って立つ基盤の危うさを存分に知った。とりわけ大量の銀を原料に使うフィルム業界は、産出量が限られ、価格も不安定な単一の鉱物資源に依存する現実をいやというほど味わったのだった。
アメリカのフィルム産業は、ハント兄弟の買い占め事件を機に、大胆な構造改革に舵を切っていった。銀に代わる原材料の研究を本格化させ、銀に頼らない写真の開発を模索していく(P.197)。