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今日はお休み。
なのに大雨。
自転車でお出かけしようと思った日に限って雨なのはなぜ?
早く起きて粗大ゴミ出して、クリーニングに行って、お掃除とかやってます。パタパタママでも歌おうか♪

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Nさんへ
>最後の不等号は正しいのでしょうか?
>だとしたらすごすぎる…。
>準備万端で待ち受けてる福田さんを、つい想像してしまいます。

不等号はまちがって…いませんっ。
こっちだって必死なのです(笑
本気と書いて読み方は「マジ」なので。

>ちなみに、ぜんぜん関係ないのですがこのタイトルを見てから
>というもの、
>「シャララ」(サザンじゃなくてつじあやののカバーver.)が頭から離れません。

PV見ました、せつない…

『社長が変われば会社は変わる! ホッピー三代目、跡取り娘の体当たり経営改革』

『社長が変われば会社は変わる! ホッピー三代目、跡取り娘の体当たり経営改革』
阪急コミュニケーションズ
石渡美奈

読後の感想
いい意味で必要以上に飾らない自伝風なので、優等生の経営者の本よりは自分に距離が近く共感して読めます。
しかし、それ以上の効果はなく、経営の本と言うよりはタイトルにもあるように「会社を変えるのは社長しかいない」ということを改めて強く認識させてくれただけでした。ある種の希望と絶望ですな(笑
本の内容とは離れますが、140ページのくだりを読んで決意したことは、これから自分が親になろうというときに、子供に先読みされるような短期的な評価は決してしないようにしようということです。
子供は子供で大変でしょうが、親も親で一日たりとも休みがないんだよなぁ(笑

印象的なくだり
問題意識を持っていても、自分から投げかけなければ、誰も「君は、こういうことを考えているんじゃないかね?」などと聞いてくれるわけがない。特に経営に関しては、皆さんそれぞれ試行錯誤や努力の上で手に入れたノウハウ、人脈を、そうやすやすと他人に教えはしない。正直、できれば隠しておきたい、あまり人には言いたくないと思っている経営者も少なくないのではないだろうか(P028)。

私は徹底して勉強し、スポンジのように吸収し、ホッピービバレッジにとって良いと思ったらその瞬間に取り入れ、間違いに気づいたら判断をし直して、また続ける。これを繰り返し、繰り返し、休むことなく何度も繰り返し続けて、自分を育て、会社を育てます(P037)。

小さいころから私は、無意識のうちに、「親の期待にそむかないように」と自分で自分を縛っていた。いつも母の願望を先読みして、それにあわせて行動するクセがついており、つい「いい子」を演じてしまう。つまり私は、母がそうしようと思っていたというより、自ら進んで母から支配されていたのだ。親にしてみれば、あまり手のかからない、育てやすい子だったに違いない(P140)。

「経営者は一円単位のものは必要としない。仮締めで良いから試算表を一日に社長、副社長に提出すること」
孤塚先生から最後の課題が出たようだ(P206)。

危機感
経済的に損をしないともてない。非常事態宣言を出して、組織を一つにするチャンスです。放っておくと組織がバラバラ、個人個人になる。(「仕事ができる人の心得」小山昇・著より)
そこで私は、発生四日目にして把握できている経済的損失を書き出した。
社告掲出費用・・・・・・一千万、人件費・・・・・・一二〇万、緊急車両費・・・・・・六〇万、商品代・・・・・・などなど。合計で、すでに一四〇〇万近い額が弾き出された。
これをメイン商品のホッピー330の一本あたりの利益に換算すると、どれくらいにあたるかと社員に質問してみた。
これまでこのような教育をしていないのだから、答えられるはずもないが、実際「そんなに儲かっていたらとっくに新しい工場がラクラク建ってるよ!」思わず、笑いが出るような珍答続出。内心、教育をしていないことの怖さを感じ、反省していた。
「約半年分に相当する」という解答に、会議室は水を打ったように静まり返った(P235)。

小山さんは、良いことを進める時もクレームの対応でも、常に「危機管理」を忘れない。打つ手は必ず一つ以上考え、丹念にシュミレーションをしてその場で最適と思う手を打つ。わが社の「工場長辞表事件」の時も三つのパターンを考えたと後で教えてもらった。
「僕は、数年前までいつも、全社員一人ひとりを思い浮かべては、彼に何かあったらああしよう、彼女に何かあったらこうしよう、仕事が止まってお客様に迷惑がかからないようにいつも頭の中でシュミレーションしていたよ」とは、よく聞かせてくださる話の一つだ(P246)。

YOKOHAMAじゃ今 乱れた恋が揺れる

タイトルは、中村雅俊の楽曲『恋人も濡れる街角』(作詞桑田佳祐)の歌詞より抜粋(タイトルと本文は「全く」関係ありませんっ)。

土日は通勤電車が空いていて快適(負け惜しみではない

というわけで、お仕事を堪能してまいりました。

今日で横浜へ引越しをして一ヶ月です。
だいぶ慣れました。
が、司令は本部(実家)に帰投され、駐屯中でございます。

ただ段ボールが相変わらず転がっています。
毎日半分、1/4と中身を捨てたり出したりしています。
ちなみに昨日はA4用紙を2枚捨てました(笑

今月末から怒涛のn連休(nには任意の素数を代入せよ。但しn>5)。
といっても、どこかに遠出するわけではありませぬ。
産婦人科の周りで絶賛待機中の予定。

そんなじゅうがつ~♪

『今、変わらなければいつ変わるんだ、やれ!』

『今、変わらなければいつ変わるんだ、やれ!』
吉野 敬介
ロングセラーズ

読後の感想
一般に変わるために何が必要なのか端的に言うと、自己認識と行動である。その行動部分について、焦点を絞って書かれています。
なにげに講師業だけあって、熱意はすごいです。ほだされる人がいるのも分かる気がします。
何よりこの本の一番良いところは、理屈じゃないんだという部分が全面的にでていること。まずは行動してみろ、その結果が新しい行動の原動力となることを知っているんだなぁと思います。ただ一点だけ個人的な好みの問題でいうと、元ヤンキーとか暴走族(と一般に呼ばれる暴徒)に所属している人が、今どれだけ偉そうなことを言っても何となく信じられない気がしてしまいます。それは多分、自分の過去の経験からなんだろうなぁと思うので、まぁそれはそれ。
司令が、表紙の写真を見て「老けたなぁ」と述懐していましたとさ。

印象的なくだり
「すみません」というその言葉の代りに「ありがとうございます」と言うようにしてほしい。きっと、お前の言っている「すみません」はほぼ九割くらいの確率で、「ありがとうございます」に言い換えてもさしつかえないはずだ(P044)。

人間ってのは簡単には変わらない。だからこそ自己分析を一回でもいいからキチンとやっておくと、一生、その分析は役に立つということにもなってくる。
変わらない部分を認めたうえで、変えられる部分を探していけば、人は「変わる」ことができるんだ(P066)。

これを読んでくれているキミたちにも今この瞬間、持っている財布に入っているお金をまず見てもらいたい(中略)。
金額を数えたら、そのお金の意味というものを突き詰めて考えてもらいたい。社会人ならどうやってそのお金を稼いだか、何を求められた対価としてそれを手にしているか。そして今日、それを何に使ったのか。まだ働いていない学生なら、親がどんな気持ちでそのお金をキミに渡してくれたのか。そして親がどんな労働をして、キミに渡すためのそのお金を工面してくれたのか
(P084)。

黙々と何かを続けるというのは、そもそも非常に地味な作業だ。いかにすごいことを続けていたとしても、周りにしてみれば毎日の見慣れた光景のひとつに過ぎない。心の中ではすごいと尊敬していても、毎日のように「それ、すごいね!」と声をかけるのも妙な話だ。だからそのすごさに対して、誰も何も言わなくなる(P217)。

そういうものを(注、他人の評価)を期待する以前に、キミがやっていることはそもそも何かゆるぎない大きな目標があって始めたことだろう。単純に他人に評価されるということが目標だったらそれもわからないでもないが、他人の評価なんてものは、その目標達成の付属物のようなものでしかなかったはずだ。
つまりその初心は何だったのか、それを思い出せ。おそらくその初心を常に忘れず持ち続けたなら、それは継続のための大きなモチベーションとなり続けてくれるはずだ(P219)。

若者にあるのは未来じゃない、時間だけだと知れ!(P226)。

周りのヤツらを見ていると、そういう時間が多すぎる。でも俺はそういうことは絶対にない。飲み会に行きたいのにどうしても行けなかったら、俺ならその代りに家で必要以上に頑張る。
でも犠牲にしながら何もしなかったヤツは「飲み会に行かない」ということだけで、すでに満足してしまっている。行きたいけど行かなかったことで「俺は犠牲になっている、この時間を犠牲にしたんだ」という悲劇のヒロインみたいな感傷に浸って、そこで酔っているだけだ。
でもその意識だけでは、せっかく犠牲にした時間からは何も生まれてこない。何よりも最大の要因は、危機感が足りないということだ(P228)。

メガネは顔の一部じゃない

タイトルは、相対性理論の楽曲『さわやか会社員』の歌詞より抜粋(タイトルと本文は関係ありません)。

先週のお話。
通勤の行きと帰りに小学生の団体と遭遇(行きと帰りは別団体)。
あいつら元気すぎ。ペース配分とか全然考えてないよね。
行きの小学生は大爆発。傍らに人無きが如く暴れまくりでした。

帰りの小学生は完全におねむ状態でした。電池切れ。

ところで、サンシャイン60の広場みたいなところで、小学生たちが鬼ごっこ(?)をしているのを見ていたのですが、いまだに「ウルトラーハイパースーパーじゃ~んぷ」とか言ってるのを見るとついつい笑みがこぼれてしまいます。

まだあるんだ、その文化(笑

必殺技は、技の名前を言わないと発動しない文化(ジャンプの影響?)は脈々と受け継がれているようで安心です。

オチなし