日経ビジネスと週刊アスキー

日経ビジネス081215
ブランドなき完成車メーカー(P040)
はじめて聞く会社の名前です、マグナ・シュタイナー・インターナショナル。
きっとこれからも名前を聞くことは少ないでしょう、なぜなら部品メーカーであると共にベンツやBMWなど複数の他社の車を作る会社なのだから(笑)
それにしてもビジネスモデルが秀逸です。目から鱗のおすすめ記事。

印象的なくだり
それにしてもなぜ、完成車メーカーは、自分たちでできるクルマの生産をマグナに委託するのだろうか。その理由は投資コストの抑制にある。生産台数が少ない車種や季節によって需要が変動する車種への設備投資を抑え、投資額を回収できないリスクを避けるのが、マグナに生産を委託する主な目的だ。
メーカーのリスクを肩代わり
例えば、ダイムラーのメルセデス・ベンツGクラス。山岳地などでの利用が多い大排気量の大型SUVで、1970年代終わりから根強い人気を誇る。しかし、価格が1000万円以上と高く、年間の販売台数は数万台しかない。熱烈なファンを抱えるため、品揃えから外すわけにいかないが、大型SUVを乗用車と同じラインで混流生産するのは難しく、マグナに委託した(P041右)。

強いメーカーと一蓮托生であれば安泰という時代は終わった。だからこそ、マグナの生き方は注目に値する(P043右)。

「35%賃上げ」の大逆風
リアルベトナムの記事。労働力の低コストを求めて進出した企業が、ベトナム国内の法改正によって厳しくなりそうなお話やちょっといい話など。エースコック・土佐電子のおはなしはホロリときます(笑)。

印象的なくだり
中国の生産現場も数多く見てきた辻社長(編者注 土佐電子・高知県土佐市)は、ベトナムの優位性をこう話す。
「瞬発力や体力では中国のワーカーに分がある。しかし、時間の経過とともに習熟度が急激に伸び、どこかで中国人ワーカーを抜く。粘り強さや感性をどう引き出すか。うちは知名度も資金力も大手にかなわないので、社員の一体感で勝負するしかない」(P055中)。

一番おすすめの記事、「消費退国ニッポンの流通」の第三回「舶来屋、長さんの黙示録」。ブランドとは、消費とは、を考えさせられ、また多くの示唆に富んだ記事でした。

印象的なくだり
もともとブランド企業は家業として出発していましたが、相続問題などによって、どうしても外部の資本を受け入れざるを得なくなってしまった。その中に金融資本がありました。金融資本は規模の拡大を求め、株式の上場が目標となります。ブランド企業は成長を余儀なくされるわけです。資本市場からのプレッシャーとブランド企業が持つ本来の時間軸とは、相容れないものなのです。
結果どうなったかと言えば、「最高」を目指す家風が次第に、「最大」を目指す社風に変わってきました。売り上げや利益を最大化するには、効率的な経営が必須になっちゃう。ブランドに必要なエレガントさがなくなってしまう。賢明な消費者は「何かおかしい」と気づいているのです。
上場すれば、四半期ごとに成果を求められます。配当も出さなくてはいけません。ブランドは量(数字)ではなく、質で消費者から評価してもらうのが本筋だったのに、経営の軸足を株主からの評価に移してしまった(P094左-中)。

例えば、製造現場を地盤の欧州から製造コストの安いアジアに移します。製品の製造国表示にアジアの国や地域の名前があると、やはり消費者中には失望する人もいます。これは何もアジアの技術が悪いとは言っていませんよ。欧州のブランドだと思って消費者が手にした時のギャップなのです。夢が砕かれるのです。
ライセンス生産も例外ではありません。どこかが違うのです。歴史の重みというのか、作りこみ方の違いが自然と出てきてしまう。不思議なものですが、美しいモノを見続けると、違いが見えてきます。日本の消費者も目利きになりました。成熟してきた証拠です(P095中)。
ブランド商売は「感」と「情」で成り立つもので、決して「勘定」ではないということです(P095右)。

編集長インタビューは、三井物産戦略研究所所長の寺島実郎氏。

印象的なくだり
欧州の資本主義というのはロシア革命以来、社会主義の亡霊のようなものがあり、ユーロの社会民主主義の歴史と伝統は根強く残っています。労組が企業のガバナンスの監視に参加したり、ある意味バランスに配慮した資本主義と言えるでしょう。
これに対し、米国では20世紀に一度も社会主義運動にのめり込んだことがない。米国の資本主義は株主資本主義であり、株主価値最大化主義と言えます(P099左-中)。

友人の進地崇裕くんにもおすすめしましたが、目から鱗の記事は「廃棄食品で第2の収穫を」と銘打ったセカンドハーベスト・ジャパンの記事です。
セカンドハーベストはNPO法人。捨てられる食品を、食品メーカーときちんと契約し集める。それを児童養護施設やホスピス、路上生活者に配るという三者ともwin-winの素晴らしいモデル。できることなら協力したいです。

印象的なくだり
人の生き方に責任は取れないし、相手も取ってほしいと思っていない。そう気づいたチャールズは「路上生活前のチャールズとはまるっきり別人」になった。
「相手がかわいそうだからではなく、食べ物が有効活用できたら面白いからやる」
このスタンスは、社会福祉活動を長く続けるうえでとても重要だ。自分の影響力の限界が分からずに無力感に駆られたり、善意への見返りが得られずに失望する危険がない(P104左)。

HDDとSSDのお話(P031)
OS起動ドライブはSSDに
←素早いから
知識になる記事
SSDの性能が見分けられるvRPM(仮想回転数)とは?
SSDの性能は、回転数やディスク枚数である程度判断できるHDDに比べてわかりにくい。セルのタイプやコントローラーチップによって性能が大きく変わるからだ。SanDiskが”virtual RPM(vRPM)”、SSDの新しい性能指標。HDDの回転数(rpm)が基で、SSDの速度がどの程度の回転数のHDDに相当するかがわかるという。回転数もいまいちピンとこないが、今よりはSSD選びが楽になる?(P031)
「週刊アスキー081230」

苦肉の策、国苦の策(笑)

国が何とかして欲しい、とか景気対策に妙案を、とかの報道を見る度に思う。

歴史を紐とくと…

国家が国民にどれほどの犠牲をしいてきたか。自分は国から何を得たか。

国という擬制的な表現を使わないなら、他人。

置き換えてみると、他人に何とかしてほしいと求めるのは…どうなの?
個人的見解としては「他人に何かを期待してはいけない」(笑)

良化してます

入院してからはやいもので、二回目の週末を迎えてしまいました。
今朝は5時ちょっとに起き、まずは英語浸け、それから簿記のお勉強をして読書。朝食を完食後は年賀状を書き、一休みがてら病院内を散歩(徘徊ともいう)その後ドクターから経過と計画を伺う。
昼食も完食後、同僚のお見舞いを受け、夕方からは指令と指令のははぎみと歓談、となんか忙しい一日でした。そんな充実した病院生活を送ってます(笑)

それにしても、初めての入院のせいなのか、性格のせいなのか、入院生活になかなか慣れません。具体的にはナースコールがなかなか押せないし、看護士さんと話すときいまいち硬いんだよねぇ
多分自分のことを他の人にやってもらう癖がついていないというか、ついつい遠慮がちな「お願い」になってしまいます。これから歳を経るに随い、看護されることが増えるんだから何とかしないと、と一昨日決意し、(多分)看護され慣れてると思われり近くの個室のおじいちゃんを観察してみました。
特徴、看護士さんに大声でガーガー話す、独り言ような話しかけ方、投げっぱなしの語り口、自分の友人をあたかも共通の知人であるかのように話す(今日、○○さんがさぁ、と)。

…自然体だ。まるで永年連れ添った夫婦のようだ(Sound only

看護つうか介護だな(失言
道はまだまだ険しい。