『WORLD WAR Z』

『WORLD WAR Z』
マックス・ブルックス
文藝春秋

読後の感想
最初に書いておきますが、僕はパニック映画が得意ではありません。
小さいころ映画のほうの『ポセイドン・アドベンチャー』を祖母宅で見てから
混乱時における人間ドラマみたいなものに魅力を感じなくなってしまいました。
多分ノンフィクションを読み出した時期とかぶっており
「事実は小説よりも奇なり」とか小生意気なことを言い出していたのでしょう。

と、前ふりはさておき、この本は本当に面白かったです。
前述のようなスピード感のあるパニックではなくジワリジワリとくる恐怖感。
架空のゾンビ戦争の10年後を舞台にし、過去を振り返るというインタビュー形式で話が進められていきます。
ただそれだけだと臨場感も半減なのですが、インタビューを受ける名もない市民の話が
妙に現実感があり(国籍などの文化的なものもあいまって)、実際にありそうだなぁというような
ものが多かったのも印象的でした。
そのありそうだなぁというのが、全て人間の愚かな失敗、というのは本当に皮肉な話です。

即効性ではなく遅効性の恐怖がしばらく癖になりそうな印象です。
なんでこんなにはまったんだろう、続きが気になるのだろうと思いながら読み進めましたが
登場人物は全て生き残った人物たちであり、気になるのは「なぜその人は生き残ることができたか」
という点だろうなぁという結論になりました。

最近読んだフィクションの中では久しぶりの大当たりでした。

そうそう、Pさんに聞いた「ゾンビもの」なんていうジャンルがあるのは初めて知りました。
想定ターゲット狭いねぇw

印象的なくだり

あんたは難民の気持ちをわかっていない。
あいつらは死に物狂いだったんだ。
感染はどうにかしなきゃらならない、だが自国の政府の手で寄せ集められ、「処置」されるのはごめんだ。
この二つの強烈な感情のあいだを揺れ動くだけで、それ以外のことを考える余裕なんかなかった。
あんただって、もしも愛する人、家族や子どもが感染し、たとえほんのわずかでも、どこか別の国で治療を受けられる可能性があったら、
どんな手を使ってでもそこに行こうとするだろう?
無理だとわかってたって希望にすがりつこうとするんじゃないか?(P027)。

たいていの人間は、実際に何かが起こるまで、いまのこの日常が続くと信じている。
愚かさのせいでも弱さのせいでもない。
それが人間の性(さが)というものだ。
日常が続くと信じているからといって責めるつもりはない。
自分が他の人々より賢いとか優れていると言う気もない。
所詮は、生まれついた環境のちがいにすぎない(P054)。

ホロコーストを生きのびた者は一人もいないといわれる。
たとえ命だけはなんとか助かったとしても、被害者は取り返しのつかない傷を受け、本来の精神、魂、人間性は永遠に失われてしまったのだと。
それが真実だとは考えたくはない。
だがもしそれが真実だというのなら、ゾンビ戦争を生きのびた者は地上に一人もいないということになるだろう(P522)。