ブログの効用

ブログの効用

今日、初めてお会いする方とお話をしたのですが
事前に自分のブログを見ていただいていたので
話がものすごく早くて助かりました。

実際に話しをした時間は一時間程度でしたが
多くの情報のやり取りや、考え方の意見交換が
でき、充実した一時間でした。

やはりこうやって適宜自分の考えを書くことは
一つは自分が後々振り返るため
もう一つは、他人が自分を知るために
必要だなぁと実感しました。

あとはまだそのような場面は来ていませんが
自分の考えを世間へ公開するメディアを
持つということがきっと必要になる日が来るはずです。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

昨年は大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。

今年は虚礼や俗世のお付き合いは避け
本業に専念していきたいと思っております。

つまり「ますます」付き合いが悪くなりますが
単に優先順位の問題ですのでなにとぞご容赦ください。

福田茂孝

キレそう

タイトルは、きゃりーぱみゅぱみゅこときゃりーが使う
きゃりー語の褒め言葉の意(意訳;可愛くてキレそう)。

自分で書いていてすごく頭の悪そうな文章だなぁ↑

下のYOUTUBEのPVを見て思ったのは
サビの部分の歌詞、覚えられるのかな、この子、ということ。

あくまでも引用の範囲

PONPONうぇいうぇいうぇい
PONPONうぇいPONうぇいPONPON
うぇいうぇいPONPONPON
うぇいうぇいPONうぇいPONうぇいうぇい×2

ヴィジュアル重視の世の中とどう付き合うか

そういえば来月中に引越をするので
現在引越屋さんのサイトなどを見ながら
あれやこれやと画策しているのですが
(日本中の引越やさんには申し訳ないけど)
特に料金以外のサービスの違いが良く分かりません。

でも、よく考えたらそんな業界はいくらでもあって
素人には違いが良く分からない
(けど、相手方はその部分を売りにしているので猛プッシュ)
みたいなことはよく感じたりします。

四年ほど前におんなじこと思ってますね、ぼく

ところがここ数年、分かりやすい差別化が出てきたように思います。
それは「イケメン」。

最初は美容師とかファッションデザイナーとか容姿に関係有る
ところからはじまって、検索に引っかかる範囲で書くと
「イケメン八百屋」
「イケメンラーメン屋」
「イケメン引越屋」
「イケメン不動産屋」
「イケメン占い師(not for sale)」

(どうやら韓国発のビジネスが多い?)

別にイケメンだからダメだとかそういったことではなく
何だか分かりやすさを全面的に求められて
本質を見失っているのかなぁと切ない気持ちになりました。
それでいて、能力が低かった日には「残念なイケメン」と
勝手に期待度を上げられるのはかなわないなぁと。
(記号に過ぎない、とまでは言いませんが)

ただ差別化を図りやすいのはどうしても
「能力<イケメン」なので致し方ないのでしょうね。

まぁわが身には預かり知らぬことなのでどうでもいいけどね…。
(結局引越屋は決まっていないままだし
タイトルにあげた疑問は未解決のまま)。

誰にもいえない秘密のお話

切るところを間違えないように。
「誰にもいえない」秘密のお話、ではなく
「誰にもいえない秘密」のお話(紛らわしいね

もしも誰にも言えないような秘密を聞いてしまったら
(もしくは知ってしまったら)どうしますか?
不思議なもので秘密にしなきゃいけないことほど
誰かにしゃべりたくなってしまいます。
きっと知られていないことを「知っている」ということで
優越感を得られるからなんでしょうかね、どうでしょう。

念のため古典を開いて対処方法を古人に学ぼうと思ったのですが
地面に大きな穴を掘って叫ぶ(イソップ童話より)などの
方法くらいしか見当たりませんでした。
僕は残念ながら大きな穴を掘るような土地は所有しておりませんので
まずは購入の検討、もしくは穴を掘るために地上権の設定
(どうでもいい話ですけど、土地の地下を利用する権利は「地下地上権」といったりします。
自己矛盾っぽくて好き)
を検討して…と話は横道に逸れまくってますが。

それはさておき秘密。
いわゆる守秘義務(職務上知りえた秘密)は守るのが契約の一内容なので
当然守るのですが、職務上ではなく自分の仕事に地位に付随して
知ってしまった秘密はどうすればいいのでしょうか?
(公務員などの一定の職業の法律上の守秘義務の話はちょっとおいとく)

話を元に戻すと、いま自分の知り得た秘密が職務上の秘密なのかどうかを心の中で再検討中です。
もちろん、その秘密が「職務」か、ということを検討するに当たって
自分の「職務」の範囲を明確にする必要があるのですが
いわゆる「職務」がどこまでかなんて決めることは取りも直さず
自分の仕事が何だろうなぁと考えることなので戸惑うことが多いです。
本当は演繹的に「自分の仕事はこう」と決めることが先のような気がしまうが
何となく帰納法的に「やってきたことがそのまま仕事になった」なぁ(とじっと手を見る