今日の出来事

 午前中から夕方までイベントのお手伝い。

自分が前日に立てた目標
 イベントの人の流れを数値化・データ化すること。

 →一時間ごとに場所ごとに人数の把握ができた。
 →人の流れが数値であらわされることによって印象による議論の錯綜が避けられた。
 →まめな性格のアピール(ただしコレは副次的)
 →次回の参考データになる。

 どんなイベントでも、数字にして把握することって可能だということが実感できた。非常によい経験でした。
 思っているより、印象って適当。

 反省点一杯。
 反省会までに、自分の反省をまとめることができずに残念。
 →あとでメールにて送付しよう。
 →最後がどがちゃがになってしまいご挨拶できず。まぁ数ヵ月後にお目にかかるかと。

 多くの方に来ていただき、おおむね楽しまれていた、と思う。中には、きちんと感謝の意を表してくださる方もおり、うれしくなりました。
 自分も「ありがとう」をきちんと言える人になろう。

 反省会を抜け出し、高校の同級生Tくんとご飯。
 感想。しばらく見ない間に考え方が大人になってた(笑
 お互い勉強して、志を高めあいたい。
 
努力のお話。
 →環境・能力のせいにしないためには何が必要か。
 →やる気のない人に、やる気を持たせることの難しさ。
 →これからの時代は、どんどん悪くなる(悲観論)。
 →友人や大事な人から変えていき、自分の周りだけでも変えられる、変わっていけると信じること。
 
善意のお話。
 →見返りを求めてはいけないけど、全ての人に無償の愛(アガペー)は与えられない(少なくとも自分はそんな立派な人間ではない)。
 →親しい友人に無償で奉仕できるのは、どの範囲までか、また相手が遠慮をしないで、受け取ってもらえるのはどの範囲までか、が重要。

宗教のお話。
 →信念は大事。
 →お金絡んでしまうとダメ。

ブランドのお話。
 →衣料というジャンルで、ヴィトンとユニクロ。どっちが上、どっちが下というレベルではない。ターゲット、得意分野、利益の差。
 →で、自分の得意分野は何?

名古屋に戻るよ

 1月7日の月曜日に名古屋に戻ります。
 しらさぎ、なかなかの混雑具合で、禁煙席の窓側(A、D)は満席でした。しらさぎを使うようになって初めての経験です。

 まぁ、今まで意図的に混雑を避けてきたわけですが…。

 ところで、金沢から東京へ行く場合、普通越後湯沢経由で行くわけで、感覚としては、福井方面は下りなんだけど、実際は上り(北陸本線の起点は米原駅なので)。なんか、納得できないなぁ(しぶしぶ)。

ファイロファックス

 お正月らしく、気分も新たに『一冊の手帳で夢は必ずかなう』熊谷正寿著を読んでいました。
 その中で紹介されていた、バイブル型システム手帳のファイロファックスに魅了されてしまいました。その形、つや、そして気品、どれをとっても紳士にぴったりなのです。

 というわけで、夕方より香林坊の百貨店、大和にお買い物。
ずらりと並んだシステム手帳。どれもこれも「できる男」にはふさわしく重厚に並んでいます。

 ウンウンと唸って迷ってきた結果、購入することも夢の一つにしました。つまり、システム手帳を別に買って、その手帳をきちんと使いある程度、他の夢が現実化できたら、新しい手帳を買い、またその手帳にふさわしくなれるように努力する、と。

 結局無印良品でお手ごろなバイブル型システム手帳とリフィルを購入してきました。この手帳をきちんと半年使いこなします。ボロボロにまで使いこなせるようになった結果、半年後に、憧れのファイロフィックスへクラスチェンジです。
 それでこそ分相応というものだと感じました。

In The Navy

 タイトルはVillage Peopleの楽曲タイトルより。いまだにゲイ・カルチャーの代名詞だよね(挨拶

 なんか眠れずもうこんな時間。06時30分に起きなければならないのにいいのか、いやよくない(反語
 ところが、寝なくてはと思えば思うほど眠れないのが、人の常。

 困ったねぇ。

 アルコールが適度に入ると目が冴えるという性質に最近気づいた。泥酔するほど飲まないと、夜が大変。たとえばいま(苦笑

 こういったときは抽象的なことを考えるのが一番好き。

 なので、つらつらと、心に移りゆくよしなし事でも書いてみます。

 自由が危険。
 民主党がネットで有害な情報を取り締まる法案を出すらしい。まだ案の段階なので、軽々には語れないが、出そうと思った経緯、また、それを止めず(止められず?)、報道される状況。
 過去を振り返ると、危ない時代ってのは、その時代を生きてきた人は「今は危ない時代だ」なんて思ってなかったことが多いと思う。
 つまり、危ない時代なんてものは「後から振り返って」初めて評価できるものだと思う。

 だからこそ、その時代を生きている人が一歩離れて時代を観察しなくてはならない。

 過去に比べて現代は価値観がかなり相対化している。そんな中で、いったいどんな基準をもって取り締まるのか、果たしてそれが現実問題として可能なのか、非常に気になる。
 取り締まりは、恐怖を生み、沈黙を作り出す。しかし、その沈黙は選択した沈黙ではない。

 かつて、国家が危うい方向に進む中、これではいけないと声をあげた人も(直接、間接を問わず)たくさんいたと聞く。しかし、その声を弾圧した結果、あたかも国全体が誤ってしまったかの印象を過去に与えてしまった。

 温故知新。

 経験のお話。
 ある人との話で、自分が納得できないことについて「それは実際に経験したモノと、本で読んだ知識の差」だと言われた。
 その二点「経験」と「知識」の両者について、差異があるのは同意。自分もそのとおりだと思う。
 しかし、その経験が何を指しているかについては、結局最後までよく分からなかった。

 思うに、ある原因があって、過程を経て、結論へとたどり着く、そのプロセスのどこが経験によって得られたものかによって、変わってくるんだと思う。
 過程部分が「経験」によって得られたものなら、ある程度納得がいく。なぜなら、原因と結論の間にある一定の法則を(まさしく経験によって)つかんでいるからだ。
 ところが、経験が指しているものが結論だけだと、どういった過程でそうなったのか、理解できないから、予測が立てられず、他の要因によるものかもしれない、という反論には応えられないことになってしまう。

 人間は一般に「結論」しか経験できない。

 そこから、なぜそうなったかを、それこそ「仮定→検証→確認→(繰り返し)」を経験し続けないと、「過程」を「経験」によって学べないと思う。

 残念ながら最後までその言葉は聞けなかった。
 結局、「経験」という言葉を「経験していない者」へ伝家の宝刀として使っただけだったのかな、と感じた。

https://fukudashigetaka.com/

 ブログのお話。

 ブログを半月ばかり書いてみたけど、とっても楽しい。
 その結果、ブログは半月で60エントリくらい書いてるけど、mixiの方は…。
 最初は使い分けをしようかと思ったけど、書いてるうちに「そんな面倒なことはできない」と感じた。
 というのも、感覚としては、一般的なことはブログで、個人的なことはmixiで、と思ってましたが、じゃあ、一般的なことを通じて考えた個人のこととかは、どっちに書けばいいの?となってしまった。
 いわゆる、「分類方式の限界」ってやつです。

 結果、「区別することなくブログで書いて後で検索」方式が一番簡便で、目的に一番近い方法になったわけです。そもそも自分のmixiで書くレベルの「個人的なこと」などたかが知れているわけで。
 付言するなら、極個人的なことはネットにあげないし…。

 そんなわけでブログのほうもご贔屓に。

 もちろんmixiのほうの利点の「コメントしやすい」点を生かして、まとめや目標など、他の方の意見も聞きたいときにはmixiにも書いていきたいと思っています。

茶房ゴーシュ

茶房ゴーシュ
東山茶屋街にある喫茶店です。
かつての置屋の建物を利用して作られたお店で、雰囲気満点。
オーナーが(元)シャンソン歌手だそうで、たまにシャンションショー(言いづらい)をしているそうです。
夜はワインバーになるとのこと。

ちょっと分かりづらい場所にあるので、予め地図をご用意下さい。

茶房ゴーシュ(サボウゴーシュ)
TEL 076-251-7566
住所 石川県金沢市東山1-16-5
営業時間 [月~土] 10:00~23:00 [日・祝] 10:00~19:00
定休日 火曜・第一水曜