『ザ・プロフェッショナル』

『ザ・プロフェッショナル』
ダイヤモンド社
大前研一

読後の感想
徹底して将来の問題解決のためのマネジメントにこだわった一冊。予測不可能な未来をどのように生き抜くかという強いメッセージを受け取りました。激しく影響を受けたので(笑)翌日からの物事に対する取り組み方が激変しました。あいかわらず読みやすくサクッと読める本でした。出来ないこと(実行不可能なこと)は書かれてはいませんが、優先順位としてはどうなの?と思いながら読みました。

印象的なくだり

IBMの新しいCEO、サミュエル・パルミサーノも「組織構造や経営陣の指示によって、(全世界に二〇万人以上の社員を抱えている)IBMの力を最大限に引き出すことは、まず、無理なのです。ならば、社員一人ひとりが正しい判断を正しい方法で下せるように支援すると同時に、彼ら彼女らに権限委譲するしかありません」と述べています。また、昨今のコーチング・ブームも、エンパワーメントが「時代の要請」であることを裏づけています(P018)。

それでも、あえて言わせていただきたい。あなたが成長するかどうかなど、実のところ、顧客にすれば、どうでもよいことなのです。あなたにすれば、失敗は成長の糧でしょうが、顧客にすれば、たまったものではありません(P019)。

エンパワーメントとは、言うなれば、部下への「投資」です。リターンのことだけ、それもあなたと部下のリターンだけを考えるのは、株価を見て一喜一憂しているアマチュア投資家と何ら変わりません。プロの投資家は、リターンのみならず、リスクについても考えるものです。同様に、エンパワーメントという投資には、顧客へのリスク、裏返せばビジネスへのリスクも等しく考慮しなければならないのです。このことを、上司、部下ともに再認識すべきでしょう(P023)。

たいていの人が「自分の限界を、自分で決めて」います。そのほとんどが、かなり手前に設定されています。なぜなら、いままでの経験と相談するからです。これは楽チンです。おそらく失敗しないで済むでしょうか、周囲から怒られることもなければ、バカにされることもありません。ですから、現実的で、賢い判断といえなくもありません。しかし、私に言わせれば、小賢しい考えでしなかく、そのような人は「できるわけがない」と思ったとたん、すぐに諦めてしまう。これこそ「知的怠慢」なのです(P029)。

知的好奇心が中途半端な人、すなわち知的に怠惰な人は、ほぼ例外なっく自己防衛的で、変化に後ろ向きです。なぜなら、チャレンジ精神とまではいいませんが、新しいことへの興味に乏しいからです。常日頃から、目新しいこと、自分の知らないことを貪欲に吸収しようという姿勢が身についていませんから、いざという時、心理学でいわれる「ファイト・オア・フライト」(抵抗するか、逃げるか)になってしまう(P030)

実態を見ずに、世間の常識や通説に惑わされていては単なる現象あるいは例外的事例を真実と見紛うだけです。そして、先に道を切り拓いた者が一人勝ちする世界では、過去を振り返る暇などありません。自分の置かれている状況が見えていない人は、競争相手はだれなのか、どうすれば勝てるのか、そのために何が必要なのかといったさまざまな問題の答えを前例や既存の知識に求めようとします(P063)。

ジャングルで実用に堪えうるサバイバル・スキルは、数々の失敗を実地に経験し、自分自身が傷つくことでしか学べません。私自身も、マッキンゼーを辞して以来、これまでにかなりの数の事業を興しましたが、結果だけを見れば一勝一敗というところです。しかし、私はこの結果をありがたいとすら思っています。失敗することより、失敗を経験しないことの危うさを自分自身がいちばんよく知っているからです(P068)。

変化の本質を見極めるには、まず身近な変化の一つひとつについて、なぜそうなるのか、どこが新しいのか、そこから何が生まれ、その真価はどこにあるのかと繰り返し自問自答します。そこから課題を構造化し、仮説を立て、それが正しいかどうかを見極めるべく事実を集め、分析・検証し、自分の理を再構築していきます。
途中で間違いに気づいたならば、すべてを白紙の状態にして、違う仮説に立ってゼロから考えなおさなければなりません。ところが、「知的に怠惰」な人間は、このオールクリアができません(P071)。

長年にわたり人間の意思決定プロセスを研究してきたカーネギーメロン大学のハーバート・A・サイモンは「情報を保存することと、それをすぐに取り出せるよう情報を整理することを可能にしているのは経験である」と論じています。人間は、経験を重ねることでパターン認識を体得し、これを無意識のうちに活用して直観を働かせています(P078)

意思決定力の源泉は、みずから描いた構想への自信であり、またその構想をいつでも見直し、破き捨てることのできる覚悟にあります。こだわるけれど頭のどこかは冷めていて、己の先見や構想を信じながら、その一方でたえず疑うという、高次元の姿勢が要求されるのです(P131)。

答えを知らないことを恐れるのでなく、知らないところからスタートして、自分には何が見えて何が見えないか、何がわかって何がわからないかを分けて考えられるかどうかが重要なのです(P141-142)。

詭弁の多くは先入観を巧みに使っています。たとえば、本来わが社ではそのようなことがうまくいったためしはない。日本人にはそうした発想は馴染まない、中国が領海侵犯するのを許せばどこまで図に乗るかわかったものではない、家族は一緒に住むのが本来の姿だ、などです。このような前提から展開される議論には注意が必要です。一般論としては異論のないことですが、こうした前提から導き出そうとする結論は、証拠や論理ではなく、感情や情緒び基づいています。
そこで、ぜひ励行してもらいたいのが、ある人ののべる文脈、前置きなどから、その後に続く議論の矛盾を感じ取る訓練です。また、議論に参加する人々の多様性を認識したうえで、さまざまな視点や角度からの意見を聞くことも重要です。その際、「だれが」言ったかに引きずられてはなりません。「何を」言ったかに注目するクセをつけることが重要です。人の意見を聞くことは重要ですし、意見としては尊重すべきでしょうが、そこから出てくる結論は、当然、証拠や論理がしっかりしていなくてはなりません(P173-174)。

野暮は承知で、あえて前提を問うことが肝心なのです。前提を問い、時には疑い、根拠の脆弱さや論理の綻びを見つけたならば、ためらわずに問い質します。揚げ足を取るようなケースも出てくるでしょうが、重要な情報を引き出すためにも、相手の真意を汲み取るためにも、わかったふりをしてはなりません(P177)。

主張型反論
主張型反論は、意図的に相手とまったく反対の主張をする手法です。相手が論理の綻びや根拠の不備を見落としていないかどうかを検証するために、あえて正反対の主張を投げかけるのです。
(中略)議論に不慣れな人は、いきおい敵意を感じてしまうせいか、主張型反論を受けて一瞬にして理性を失ってしまいます。新たな視点の提供を喜ぶくらいの余裕を持って、建設的な対立の価値を理解してもらいたいものです(P183)。

物理学者のウェルナー・ハイゼルベルグが一九二七年に発表した「不確定性原理」を使ってこれを説明しましょう。不確定性原理とは、物質の微小単位の測定は粒子(位置を特定する場合)あるいは波動(速度を測定する場合)のいずれかで行われ、二つを同時に行うことはできない、というものです。その理由は、一方を測定すること自体が、他方の測定に影響を与え、その測定結果を不確定にするからです。つまり、物質の本質が粒子なのか、あるいは波動なのかについては、測定からは決定できないということです。これは、二元論的にいえば、相反する事象が同時に成り立つことを意味しています(P195)。

へーゲルによれば、テーゼは相矛盾するアンチテーゼをはらんでいますが、発展の過程で矛盾はアウフヘーベン(止揚)され、矛盾をより高いレベルで調和・統一する新たなテーゼ、つまり「ジンテーゼ」を生み出します。しかし、調和して統一された概念が生まれても、そこにはやはりアンチテーゼが内在し、しばらくすると内部矛盾によって変化が起こり、矛盾を解消すべく新たなジンテーゼが生まれます(P197)。

いかに高邁なビジョンを掲げる企業であっても、収益性が悪化してキャッシュフローが枯渇すれば倒産します。したがって、経営者の責務とは、数字で裏づけられた経済合理性にかなった判断を下すことです。一方で、社員のモチベーションやロイヤリティ、創造性といった経済合理性の尺度だけで測り切れない部分を管理し、それを成果につなげる手腕も求められます。前者をマネジメント、後者をリーダーシップと言い換えてもよいでしょう。経営には、この二つが表裏一体となって存在します。優れた経営者は、収益を追求する術と組織を牽引する術を兼ね備えなければならないのです(P203-204)。

経営者は、みずからが発するメッセージに対して社員がどのような反応を示すかを知らなければなりません(P204)。

統率が効果的に機能するのは、環境変化が小さく、あらかじめ設計された手順に従って職務を遂行することで生産性が向上する場合に限られます。今日のように環境変化が激しく、素早い対応が求められる状況においては、個人の自由裁量の範囲をできるだけ広くしたほうが、かえって生産性が高まるのです(P220)。

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