『「リーダーの条件」が変わった』
大前研一
読後の感想
大前先生の組織論の本、…かと思いきや中身はかなり政治に特化した政策論の本でした。
しかも、その内容がすこぶるライト(Rのほうね)。
読み終わるまで、大前先生の考え方が変わったのかなと思っていましたが、後でこの新書は雑誌に連載されていたものをまとめたものであることを知りました。
その雑誌の名前は、SAPIO。
まぁ、あとは推して知るべしなんですが、そういうわけで読者層にきちんと切り込んでいく大前先生は見事としかいいようがありません。うん、褒めてます。
とはいえ、自分がリーダー論・組織論のはなしかと思って読んだから、肩透かしをくらったような印象でしたが、現実をベースにした理想論は、読んでいて「なんとか頑張れそうだ」と希望の光を与えてくれるのに充分な内容でした。
たまたま仕事でそのようなことを考えるタイミングだったので
昔は中間管理職の数が少なく職務責任・職務権限が明 確だったので、余人をもっては代えがたいようなリーダーシップのある部長や課長がけっこういた。しかし今の中間管理職は、バブル期に大量採用された世代が 40代になったこともあって「次長」「副部長」「課長代理」「課長補佐」などの職責・職権が明確でないポストがやたらと増え、実際はヒラ社員にけが生えたような仕事をしているケースが多い。職責・職権がはっきりしていないとリーダーシップはふるいようがない。だから、今や余人をもっては代えがたいような中間管理職はほとんどいなくなった(P056)。
なんかは結構グサリと刺さりました。
また、
批判や異論を制御できないのは、「無能」と動議だ。 リーダーシップのない人に限って、反対意見の人を味方につけようとする。これは市町村議会ではよくあることで、「あなたの言っていることもやろう。ただ し、こちらの意見も飲んでくれ」と、2つの政策を通してしまう。当然、納税者にとっては、2倍のカネがかかることになる(P186)。
なども、政治の話にはなっていますが、割とどこにでも見られるような風景です。
煎じて書くと、つまるところリーダーとは「決定する人」であり、この「決定権」だけは余人を持って代えがたいと。
リーダーの決定した結論は必ずしも正しい結論ではないかもしれないし、不本意な人もいるかもしれない。
しかし、この「決定する」という行為だけは、結果よりもむしろ過程の正当性をリーダーとして求められるのではないかな、と思いました。別の言い方をすると公平さ、とか。
そんなわけで、どきどきしながらも楽しく読むことが出来ました。
印象的なくだり
そもそもリーダーは万能ではないし、あらゆる知識を持っているわけではない。むしろ自分以上の知識や能力を備えた人材を選び抜いて部下としてそばに置き、彼らが上司(すなわち自分)の判断に対しても異を唱えられるような有機的なチームを作る能力こそが求められる。それら優秀な部下たちをマネージし、彼らの意見を聞いた上で、総合的に判断して結論を下す-それがリーダーのあるべき姿だと思う(P004)。
グローバルなリスク分散は、最悪の事態を想定した場合、少なくとも「2アウト・オブ3(2out of 3)」の体制が必要だ。すなわち物理的に環境が異なる3か所に同等の機能を分散し、3つのうち2つが稼動していれば現状維持ができ、もし2つがダウンしても残る1つだけで最低限の昨日は維持できるようにしておくのである(P023)。
あ、これって『新世紀エヴァンゲリオン』に登場するマギシステムのことだ、と読みながら思いました。
ちなみにマギシステムとは、第七世代有機コンピュータで、初の人格移植OS。メルキオール、バルタザール、カスパーと名付けられた(由来は上記『東方の三博士』)三機のコンピュータで構成されているものです。
指で数えられるくらいの部下を率いる最前線のリーダーは「率先垂範」でないといけない。まず自分が行動して成果を上げることで部下を鼓舞し、個々の実力をフルに引きだしていくのである。部下と喜怒哀楽を共にする、体育会系のプレイングマネージャースタイルだ。
しかし、数十人、数百人の複数部門を束ねて組織を動かすリーダーになったら、そのやり方は通用しない。いちいち自分がお客さんのところに足を運んだり、部下を一人一人個別に指導したりするのは物理的に不可能、というレベルの問題ではなく、果たすべき役割そのものが異なるのだ(P058)。
基本的に中国人は日本に憧れている。日本に来ると大 半の人は安全・安心・快適で食事も旨い日本が好きになって帰っていく。そういう細かいヒットをたくさん重ねるしか、関係改善を促進する方法はないと思う。 したたかな中国相手に一発逆転のホームランはない、と政治家たちは心得るべきだろう(P114)。
まず、今回の大震災・大津波で、甚大な被害が出た最大の原因は、防災の観点から見て危険な場所に人が住んでいたことである。海に面した低い土地に広がった三陸の町は、過去に何度も津波被害を受けてきた。このため津波に対する備えは、それなりに固めていた。にもかかわらず今回の大津波では、ひとたまりもなかった。それがわかった以上、被災した住民の皆さんの 意見も踏まえつつ、二度と悲劇を繰り返さないよう、津波で壊滅した海の近くは民家ではなく公共の頑丈な(避難にも使える)建物と緑地だけにして、住宅地は安全な高台に移すことを考えなくはならない。そのための費用は全国民で負担する(P118)。
日本の水は現在、全体の65%が農業用水、15%が工業用水、そして20%が水道用水(生活用水)として使われている。その上、最も上流の美味しい水が農業用水、次が工業用水となり、水道用水は最も下流の汚い所で取水している(P150)。