現実を離陸して飛び立つまで(伊良湖→河和)

 この前の続き、渥美半島から知多半島に抜ける電車旅。フェリーの時間を中心に調べてみました(私信、Naoyanさんに捧ぐ(笑

伊良湖→河和のフェリーの時刻表はこちら

 一日に三本あるフェリー(伊良湖→河和)。
名古屋発だと、時間を考えると11時はかなり厳しいですね。そこで、15時伊良湖発を選択(1,940円)。
 伊良湖までは、豊橋鉄道三河田原駅からバスで50分くらい(1,040円)で到着。時刻表を見ると、13時24分三河田原発→14時15分伊良湖岬着が一番いいですね。岬や港をぶらっとする時間も取れるし。

 三河田原駅までは豊橋駅から豊橋鉄道で約30分くらい(510円)。大体15分くらいに一本あるようなのでこれは気にしなくてもよさそうです。

結論
豊橋駅を12時30分くらいに出れば、河和駅に16時くらいに着く予定。
かかる時間は3時間30分くらい、お金は3,490円。
ちなみに、豊橋から河和駅まで、名鉄で行くと、1時間30分で1,860円…。アレ?

とはいえ、二倍弱の時間とお金をかけても行く価値ある(ハズ!!

明日から18切符が使えるようになります。どっか行きたいなぁ…(望遠
ただ、5日分は使いきれないから、金券ショップで数日分だけ買ってこようかなぁ(悪魔のささやき

計画段階のエントリ
https://fukudashigetaka.com/article/85073988.html

子どもたちの太平洋戦争―国民学校の時代

子どもたちの太平洋戦争―国民学校の時代
山中恒

読後の感想
1931年生まれの筆者が、体験した子供時代のエピソードを通じて、教育が与える影響について書かれた本です。
先生の添削が入り、いかにもな軍国少年になっている作文や、校長先生のお話、報道など、実体験だけあって、とても強く心に残ります。

最後の部分で、戦争教育に加担した大人や教育者の責任についても触れられていますが、余り考えたことがなかった部分でした。

印象的なくだり
天皇に関して、この作文のなかに、ラジオの実況中継のことが出てくるが、当時は、天皇の声は電波にのせることが許されていなかったのである。
ラジオ放送を聴くものがすべて、直立不動の姿勢をとっているとは限らない、病床で寝ながら、それを聴くものもいるであろう、そのようなことがあっては、天皇陛下に対し奉りまことに恐れ多いことであるからというので、天皇の声は放送されなかった。
いまから考えると、とても正気の沙汰とは思えないことである。当時は、それがごく普通の、天皇に対するしきたりだったのである(P018)。

欲しがりません勝つまでは
東京市麻布区笄国民学校五年二組三宅阿幾子
(中略)ところで、この標語の実作者は国民学校の少女ではなく、その父親が彼女の名前で応募したものであった。
彼女の口からそれが明らかにされたのは、戦後三十七年経てからであった(P141)。

ある疎開学寮の教師は、その空襲で死亡した者の氏名を挙げたら、寮生の間から「わっ」と歓声があがり、口々に「いい気味だ」というのを聞いて慄然としたと証言している。
本来なら同じ学寮で半年以上いっしょに暮らしたのだから、その死を悼む言葉が出ると思ったのである。
それが全く逆になったというのであるから、その人間関係がどれほど荒廃していたかがわかろうというものである(P185)。