ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊

ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊
中央公論新社
正高 信男

読後の感想
 「ひきこもり」と「ケータイ」を使う若者、一見反対に見えるけれど、成熟した大人になることを拒否しているという点では同じである、という内容の本。

 もともとサル学者の著者が、その観点から見た面白い切り口が新鮮です。特に母親の耐久消費財としてのわが子という観点は、驚きでした。

印象的なくだり
 そもそも耐久消費財とは、他人と差別化する機能を果たしてはじめて、所有する意味を持つという側面が見逃せない。大衆化した商品ではどうしようもない。
 では、「私だけ」のものとして自分を光り輝かせてくれる可能性を秘めた、エネルギーをつぎ込める対象は何かないかと周囲を見渡した時、見つけたものがある。それこそ、「わが子」なのだった(P52)。

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