新型ポメラ発表

ついに発表されたキングジムの新型ポメラ。
初期型のDM10、グレードアップしたDM20と順当に階段を上っていたのに
いきなり100?なんて野暮なことを思いつつもやはり気になります。
ちなみに僕はDM5以外は全て持っており(DM10は里子に出されましたが)
手元にあるのはDM20のみ。
しかも激しく使われているので、一回修復したにも関わらず
キーボードの文字も剥がれて、いぶし銀みたいになってます。

写真 (1).JPG

そんなポメラを使っているところに満を持して100が登場です。

今回、新しく追加された機能に
1.bluetoothでの対応
2.親指シフト
3.辞書機能
4.csv対応
というのがあります。

順々に検討してみましょう。
まず1.ですが、例えばiPhoneやiPadを持っている人で
入力用に欲しいなぁという方がいれば買いだと思います。
あの鬱陶しいタッチ型キーボードに閉口している方も多いでしょう。
ただ、僕はすでにnintendoのキーボードがあるので・・・。

2.の親指シフトは、どうなんでしょうね。
思うに日常的に親指シフトを使っている層(wikipedia見ると2.7%らしいけど
ネットでのアンケートなんでバイアスかかっているはず)と
ポメラを使っている(使いたい)層はかぶっているので
その人達向けにはありだし、買いの部分はあるのですが
既に親指シフト用のキーボードが発売されている昨今なので
一点突破とはいかないだろうなぁと考えています。
もちろん、残りの97.3%の人の中でどれだけ親指シフトに転向するかは不明です。
だって、変更するならパソコンから何から何まで全部変えるのって
相当なコスト(経済的なものだけではなく時間、労力も含む)だよ。
というわけで、あれば嬉しいだろうけど(僕も一度は使ってみたいので)マストではないし
もちろんこれが目当てで買おう、なんてことも少ないと思います。

3.4.はいらん!(以上

だって単機能なのが売りだったのに
なんか方向性変わってきてないかなぁと思うわけです。
DM10から使っていた初期ユーザーとしては。
あれもできる、これもできるはいいけど、あのサイズでは
どれもこれも中途半端。
csvなんて使う人はラップトップ持ち歩いてますよ、きっと。
しかも、DM20よりも30g近く重くなってるし!

と、まぁ書きたいことをつらつらと書き連ねたわけですが
もちろんアップグレードのいいところもいっぱいあります。
一つは駆動時間が延びたこと。
エネループで使っていた身としては、25時間駆動すると嬉しいです。
移動中に使うことが多いのでバッテリー持ち歩くの大変なのです。

そして一番嬉しいのがバックライトが追加されたこと。
暗闇の中や移動中の車の中(夜)に使うものとしては
非常に嬉しいです。ライトがついて、稼働時間が延びるなんて嬉しい!

というわけで、ポメラの中の人(というかキングジムの人)は
自らの長所がどこか生かしつつ、コアユーザー向けの
一点突破の商品を継続しつつ、創り上げていただきたいと思います。
あと携帯用なので色のバリエーションを増やしてください、できれば赤系。

なんだかんだ書きましたが、わたくしめもきっと買うと思うよ(おバカさんなので・・・

以上ポメラニアンの独白でした。

おしまい

アカウントを増やさずにGmailでアドレスを追加する方法

忘れないうちに伝えないと…

Gmailの別名アドレスのお話。

メールアドレスを取得するために
新しくアカウントばかり増やしてしまい
パスワード管理がままならないとお嘆きのアナタへ。
いまさら?というお言葉が聴かれるかもしれませんが
Gmailの別名アドレスのお話です。

一応何種類かあるのですが、一番メジャーなのは
ユーザー名+好きな文字列@gmail.comというものから。

例えば僕の場合
ユーザ名がfukudashigetaka
メインのアドレスが
fukudashigetaka@gmail.comなので
仕事関係の人であれば
fukudashigetaka+work@gmail.com
読書会関係の人であれば
fukudashigetaka+book@gmail.com
というアドレスを教えたとしても
両方とも同じfukudashigetaka@gmail.comに届くのです。

で、さらにGmailの設定でフィルタをかけて
さらに仕事用のアドレスに来たメールだけを
iPhoneのアドレスに転送…といったことも可能です
(というか、実際にそうやってます)。

この方法を取ると、例えばメンバー10人である団体の
アドレス宛に来たメールを全員で情報共有したい、というときに、
全員分の転送用のアドレスが分かれば、フィルタ設定で簡単に転送できることになります。
転送してもメールをGmailに残す設定にすればログも残るので
パスワードも全員に教えることなく情報共有が出来ます。

ちなみに残りの別名アドレスはあんまり実用性のない二つ。
一つ目は+の代わりに.(ピリオド)でわける方法。
f.ukudashigetaka@gmail.comみたいな感じです。
もう一個は、最後の@gmail.comの代わりに
@googlemail.comという方法を取るやり方です。

下の二つは僕も使ってないのでよく分かりません(無責任
詳細はドメインエイリアスで検索してみて下さい。

おしまい

本の裁断

お仕事が忙しくなってきたので、結局読みたい本も読めないまま。
さらに問題なことに、「読みたい気持ち」は変わらないままなので
いつ読むともしれない本が自宅にどんどん溜まっています。いわゆる積読(つんどく)。

野口悠紀雄先生が「買わなきゃいつまで経っても読めないけど、買っておけばいつの
日か読むかもしれないじゃん(意訳)」とおっしゃっていたのを
かたくなに守っていたのですが、あるときに気付きました。
それは置く場所が無制限の場合のみであるということを!
(実はうすうすは気付いてはいたのですが)

というわけで、ようやく紙で残しておくのは諦めて、読んだ本は[全部]データ化
することにしました(英断

以前自炊をしていたときは、池袋のサンシャイン60の中にあるMBEをひいきにしており
仕事の休み時間に裁断する本をちょっと持っていって、帰り際に受け取るという
(本の)素敵自炊ライフを満喫していました。
ところが転職をして最寄り駅が変わってしまったので、また新たに裁断をしてくれる
所を探す羽目になり、どうも横浜駅近くにあるようなので先日行ってきました。

そこで、(個人的に)衝撃を受けて帰って来ました。
それは、「本の裁断に三日くらいかかってしまう」ということでした。

聞くところによると、裁断機がある店舗ではすぐにちゃっとやってくれるそうですが
あいにく横浜にはないようなので(関内にはあるんだって、納得いかないなぁ)
時間がかかってしまうそうです。

別に特に急ぐわけでもありませんので、これからもお願いするつもりですが、
横浜のMBEに本の裁断を依頼しようとしている人は時間が(約3日)かかることを
念頭においておいたほうがいいかもしれません(平成23年10月31日Iさんより聴取)

三脚買いました。

三脚買いました。

以前細君と「家族三人で写っている写真ってないよねぇ」という話をしたことがありました。実はそれ以前に結婚式の際に「二人で写っている写真ってないね」という話をしており、何がいいたいかというと、二人で旅行に行けば、誰がシャッターを押すんだ?というお話な訳です。

じゃあ、通りがかりの第三者に押してもらえばいいじゃん、というのは一理あるんですが、我が家は割と人気のないところ(「ひとけ」と読むのであって、「にんき」ではないですよ)に行くのが好きなのであって、必然的に人が通らない場所によく行くのです。
そういや、日曜日の早朝に茨城県庁前で写真を撮ったときは数十分誰も通りませんでした・・・(正確には車は通ったけど、人が歩いていなかった)。

というわけで前置きが長くなりましたが、三脚買いました。
ヨドバシカメラで見たときは、ウン万円の三脚に心惹かれつつも、軽さ以外の違いが余り分からないため、結局お手頃の三脚になりました。

とはいえ、持ち運びしやすくカバーもついてるし、僕の身長以上に延びるし、ビデオだって置けちゃうし、(もちろんカメラもしっかり置けるので)大満足です。

おしまい

『全貌ウィキリークス』

『全貌ウィキリークス』
マルセル・ローゼンバッハ, ホルガー・シュタルク
早川書房

読後の感想
ウィキリークスほど日本と海外(特に英語圏)との評価が分かれるサイトは珍しいのではないだろうか?本を読むまでは日本でのイメージとしてはネットを利用して公電などをすっぱ抜くというややダーティなものだったが、本を読むと実際には内部通報が主でありクリーンなもので余りにもイメージと違っていて最初は非常に戸惑いました。
この本は創始者であり中心人物のジュリアン・アサンジのインタビューを元に作られており、その内面に迫ろうとして根気の要る取材を続けていたようです(ウィキリークスに友好的なドイツの週刊誌シュピーゲルの記者ということも幸いしたようですが、アサンジは好き嫌いがハッキリ分かれるタイプに見受けられるので取材は大変だったろう)。

ウィキリークスがこれほど注目を浴びるきっかけとなったコラテラル・マーダー事件。アメリカ軍のアパッチ(AH-64)から機銃掃射をし、さらに無抵抗の民間人も掃射。で、報告書には敵の戦闘行為に巻き込まれたもの、なんて書かれていたもので、非常に大きな影響がありました(見たい方は、Collateral Murderで検索すると見れますが、衝撃的です)。

ロイター通信も手に入れようとして手に入らなかったようですが、既存のメディアではなく、(当時は)単なるサイトが公開できることに権力側は本当に脅威に感じたようです。というのも権力とは、情報をコントロールする力が性質上備わっているので、このように情報を手に入れることができる存在は権力を脅かすものだからです。

この一件を読んで、「情報」って何だろう?と深く考えずにはいられませんでした。世の中には「知らなくてもよかった」ことも多くあり、それを「知らないまま」で居させるかどうかは「知っている」側が決めることに、いまだに何となく抵抗感があります(かといって、すべてを知らせる、のは正しいのかは判断がつかない)。

そんな訳で、隠したい情報を安全に暴露するという仕組みについてウィキリークスは非常に優れたものだとは思うのですが、残念ながらいまは休止中です。理由は本書の中で。

読み応えがあり、リアルタイムで状況を見ながらサクサク読める本でした。

印象的なくだり
「(前略)歴史的に見て、開いた政府がもっとも生き残れる形というのは、情報の公表と暴露の権利が保護されている形である。こうした保護が存在しないところでは、それを確立することが我々の使命となるだろう」
アサンジは、ウィキリークスは「世界最強の諜報機関、人民の諜報機関」になりうると豪語している(P024)。

米国は公式の場でウィキリークスを国家の敵、国家安全保障の驚異と位置づけた。中国、北朝鮮、ジンバブエ、ベトナム、タイといった国々は、すでにその前にインターネットの内部告発サイトは驚異であるとして、ウィキリークスへのアクセスを遮断している。米国も一部でこれに追従した。公務員はウィキリークスのIPアドレスへの接続を禁止され、由緒ある連邦議会図書館さえも、ホワイトハウスの指示によりウィキリークスへのアクセスを遮断した。米国は言論の自由にかんしては中国政府と似たような路線ととっているーこんなことをこれまで誰が想像しただろう?(P027)。

インターネットの時代ほどスパイ行為が簡単な時代はない。自分の良心の命ずるままひとりの公務員がウィキリークスに連絡し、秘密データの入ったファイルを送信すればいいのだから。インターネットの発達により、告発者の居場所はそれほど重要な意味をもたなくなった。むしろ重要なのは、どこにアクセスできるか、何にかんする情報を持っているかだ(P031)。

偶然、一枚の板に何本もの釘が打たれたとしよう。その釘が陰謀者だ。糸を釘から釘へと切れ目なく渡していくとしよう。それがコミュニケーションだ。コミュニケーションは釘のあいだを流れる。すべての陰謀者が互いに信用しているわけではなく、すべての陰謀者が互いに意志の疎通をはかっているわけではない。しかし彼らは間接的に互いにつながっている。陰謀者の間のすべての結びつきを切断することに成功したなら、陰謀はストップする、とアサンジは言う。問題は、それ以上糸を切断したらもう陰謀は成立しないというリミットに、どのくらいの糸を切断しなければならないかだ(P132)。

米国の法体系には「重要参考人」という役まわりがある。ある人物に対する進行中の捜査に重要な証言を行える目撃者は、その意思に反して拘束され尋問されうる(P194)。
体制側に身を転じ、秘密の公開に反対する立場に回るというジャーナリズムの反応は、特に次の二点と関係がある。ジュリアン・アサンジという人物の発言や行動が、ジャーナリストたちの反応を賛成派と反対派にはっきりと二分させてしまうような極端なものであること、そして、ウィキリークスが行った暴露の本質として、暴露された情報には、大方のジャーナリストたちが想定していなかった要素が含まれているということだ。
つまり、ウィキリークスが行っているような、現在の政治システムの根幹をなす部分への攻撃は、多くのジャーナリストが自分の仕事としては想定していなかったものなのだ。ジャーナリストが目指すのは改革であって革命ではない。だからこそ、ジャーナリズムの多くが、ウィキリークスが行った群の報告書の暴露や、ひいては外交文書の暴露に対し、後ろめたさを感じる。つまり、ジャーナリストたちにとっては、改革を目指していたはずなのに革命を目指す行為の手足になってしまった気がするわけだ。そもそも改革をめざしているのかどうかもわからないが(P355)。

各種の賞を受賞しているドイツ人の調査報道記者、ハンス・ライエンデッカーは、公開されないままの秘密があってもよいはずだと主張した。また、独ターゲスシュピーゲル紙の発行責任者、ゲルト・アッペンツェラーは、オリジナルの文書がひとつも公開されないうちから、この文書には「何も目新しいことはない」と書いた。文書を公開しても誰の役にも立たないどころか、多くの人に損害を与えるだろうと、彼は述べた。
公開される文書をまだ読んでもいないのに、そのような判断を下したということは、アッペンツェラーが何も知ろうとしないことを表している(P356)。

ウィキリークスの批判をする人たちは、文書公開は民主主義をおびやかすものだと主張している。だが、もしかすると、まったく逆なのではないだろうか?一部のメディアが政権と協力しあうのは危険だ。本来は互いを監視し合うことが役割のはずのメディアと政治という二つの軸が手を結ぶことになるという印象が強まれば、この相互監視という構造の効果や正当性への疑問が高まるだけだろう。一部のメディアが監視の役割を引き受けようとしないため、政治とメディアの協力関係によるチェック・アンド・バランスというシステムへの信頼も失われていく。機密文書の公開そのものよりも、ジャーナリズムの機能麻痺のほうが、民主主義を脅かすのかもしれない(P358)。