『同じ条件、同じ時間で 10倍仕事ができる人、10分の1しかできない人』

『同じ条件、同じ時間で 10倍仕事ができる人、10分の1しかできない人』
鳥原隆志

読後の感想
人材教育コンサルタントが書いた5000人以上のデータから分かった「仕事ができるできない」に関する行動特性。その特性を新入社員二人に出来る奴、出来ない奴にあてはめ、ストーリー化した大変分かりやすい本でした。

ビジネスの場において私たちは常に比較されているということです。
比較された結果、選ばれなかったのです(P.026)。

心臓を一突きにされました、胸が痛い。

本文の中に登場する、Lineやチャットのように何度もメールが往復しないと話が進まない人、誰も見ないメールを一生懸命書く人、いいことは言うけど全然実行しない人、全部どこかで見た風景ばかりでした。

自戒を込めて書きますが、下記は自分のことです。嗚呼反省。

理解しなければならないのは、自分の評価は自分が決めるのではなく他人が決めるということです(P.237)。

与えられた仕事をこなして評価されると思っている。しかし、実際は相手の要求レベルを上回って初めて評価されるのだ。ただ上回るのは少しで良いということです。

自分は、相手に期待させすぎるきらいがあるので気をつけよう笑

読後の感想

 私がいままで多くのビジネスパーソンの指導をしてきて見えたことの一つが、成果の出ない人の行動特性で最も多いのが、「自分が成果の出ない行動をしていることに気づいていない」、もしくはそのことに「気づこうとしない」ということです。
 成果の出にくい行動を取る人が表面的に成果の出る人の行動を真似ても、成果には結びつきません(P.31)。

セミナーばっかり参加する意識高い系ですな笑。

 [成果を出せる人の行動特性]
 計画を立てながらも、柔軟に修正を加えながら仕事を進める。
 [成果が出ない人の行動特性]
 最初から計画を立てずに、行き当たりばったりで仕事を進める(P.80)。

 たとえば成果の上がる人は、自分に必要な情報を確実にメモに取り、自分は何をすべきかを整理しています。成果の上がらない人は、メモを取っても、自分の行動に置き換えることができません(P.112)。

この自分の行動に置き換えるということがとても大事。
よく想像力とか言ったりしますね。

 デール・カーネギーは著書『人を動かす』のなかで「人が一番興味があるのは自分である」という意味のことを言っています。
 電話の会話を調べたある研究でも、人は自分で思っているよりもはるかに多く「私」などの一人称を使っているという話がありますが、人は誰もがそれぞれに自分を中心にしてものを考え、話をしています(P.132)。

『「段取り」の鉄人 四川飯店・陳建一が語る一流になるための仕事術』

『「段取り」の鉄人 四川飯店・陳建一が語る一流になるための仕事術』
陳建一

読後の感想
テレビ番組「料理の鉄人」の中華の鉄人として有名な陳建一さんが書いた「段取り」の本。
僕が最も尊敬する上司の口癖が「仕事は段取りが八割」ということもあって
「段取り」と書かれた本には否応なく目が行ってしまいます。

なぜ料理人が段取りの本を?と最初思っていましたが
読んでみたら「なるほど」と思うことばかりでした。
料理をしない自分にはピンと来なかったのですが
実は料理は「段取り」が全てなのです。
複数の料理を同時につくろうとした場合や、蒸したり時間がかかる場合、
あるものを作っているのと同時進行で、次の料理の下ごしらえをしたり、と
作りたてのものを同時に食べようと思ったら、上手く段取りするほかはないのです。

本には料理の段取りだけではなく、食材を揃えるための準備の段取り、
会社を成長させるための人材育成の段取り、などについても触れられています。
いざ何かを行おうとしたときに、段取りがされていないと何にもできないので
何はなくても準備しておくことの大切さが記された部分が印象的でした。

また、陳さんにとって「料理の鉄人」という番組がどれほどの影響力を
与えたか、という部分も大変興味深かったです。
「料理の鉄人」は一時間という時間制限があり、その中で
どのように料理を作るか、という段取りの努力。
ただ美味しいものを作るのではなく、絵的に美味しいもの、審査員が食べやすいもの、
女優さんだったら小さく切ったり、と食べる人の気持ちを推し量って作ってたこと。
テレビの画面では見えなかった数々の努力が伝わってきて
ただチャラチャラテレビに出ているのではなかったと今更ながら感銘を受けました。

現在は何よりゴルフ好きだそうで、いかにしてゴルフができるように
仕事の段取りを組もうか、というほっこりするお話もありました。
文体も読みやすく、何より人間的な魅力に優れた本です。おすすめ。

ちなみに、広東料理と四川料理で火力が全然違うので同じ中華料理のお店といっても
必要な設備がぜんぜん違うということは勉強になりました(P.028)

印象的なくだり

 実は、僕たち料理人の世界では、「段取り」はすべてのベースになっている。
料理をしようと思ったら、段取りが組めないと致命的だ。
 一度でも料理をしたことがあればおわかりだと思うが、
複数の料理を同時に作ろうと思ったら、だいたいどういう手順で何をやるかを
考えてみるだろう。
「こっちでお湯を沸かして麺をゆでている間に、野菜を切っておこう」とか、
「煮込んでいるうちに、盛りつけのお皿はテーブルの上に並べて、
サラダも作ってしまおう」とか、そういう段取りを踏んでいるはずだ。
 そもそも、「あの料理を作るためには、材料は何が必要で、
どれくらい時間がかかるか」なんてことを考えることも、段取りだ(P.8)。

 このイベントから僕は担当者に任せるのではなく、
最終的に自分でチェックしなければいけないということを強く学んだ。
今回と同じようなミスを繰り返さないために、それ以来、
僕は受け入れ側にはわからないように、裏でもう一度チェックするようにしている(P.39)。

材料の魚(鮎)が足りなかったときのエピソード。
鮎が逃げてしまいました、とお詫びをするユーモアのあるなかに秘める気持ちと
裏方の人の気持ちを傷つけないようにする気遣いがステキ。

 豆腐を入れることを例にしても、入れることは誰だってできる。
そこでドバっと入れてしまうのではなく、優しく入れるべきだし、
上達すれば素早くきれいに入れることができる。
それは見ていて格好がいいし、良い料理につながる。
 包丁さばきなども、当たり前だが、練習次第でどんどん上達する。
刃先で切るのか、叩いて切るのか、押して切るのか――。
そういったことも練習を積むことで、自然と身体になじんでいく
(P.88)。

 「一流の料理人」とか、「一流のお店」という評価をよく聞く。
僕の中には、一流も二流も三流も存在しない。一流というのを決めるのはお客さまだ。
 居酒屋の「へいらっしゃい!」という雰囲気が心地よければ、
それはその人にとって一流だし、ホテルの「いらっしゃいませ」という
雰囲気が好きならばそれが一流だ。
それはこちら側が勝手に判断することではないと思っている。
最高級の食器を使ってインテリアに凝っていれば一流なのかといったら、
そんなことは全然ないはずだ(P.115)。

 入社して一年、二年までのスタッフたちには、あまり厳しく叱ったりすることはしない。
自分が仕事を始めた当時を振り返るとすぐわかるのだが、
この時期のスタッフたちは仕事を完全に把握できていないので、
叱りつけるよりも「気をつけような」「次がんばろうな」と声かけすることで、
やる気を持たせて成長してもらうことに期待をかけたほうがいい(P.159)。

俺、この戦争が終わったら結婚するんだ的な

タイトルは、いわゆる死亡フラグ。
映画やドラマでこの台詞が出てきた要注意です(タイトルと本文は関係あり…ます、少し

二、三年前から言っていますが、そろそろ釣りを始めようかと思いこんできました…

思い起こせば数年前、子供から逃れて本を読む手段を考えていた時に
「そうだ、釣りなら子供は来ないはずだ。
しかもほとんど待ち時間だからゆっくり本を読めるはず」
と、邪な考えて思いたったのが「釣り」。

近くの上州屋に言って「初心者です、必要な物を揃えたいです」と
最初に言う台詞まで決まっているのですが、なかなか機会がなく行けません。
(そもそもやる気がない)

とはいえ、思い立って二、三年。
せっかく海のある県に引っ越したので、そろそろ上州屋に行こうかと思います、多分。

『ぼくはこんな本を読んできた 立花式読書論、読書術、書斎論』

『ぼくはこんな本を読んできた 立花式読書論、読書術、書斎論』
立花隆

読後の感想
雑多な情報をどう整理するか、という点に主眼が置かれているので
読書論は言い過ぎなのかなぁと思った(副題参照

著者が分筆家なので、本の中の情報をいかにinputし、文章としてどのようにoutput
(インタビュー形式の場合はどのように質問するか)という部分が興味深かった。
その人によって、理想的な読み方、アウトプットの仕方は全然違うんだ、と感じた。

まぁ、とにかく読書遍歴が目まぐるしく変わる。
文学から始まり名作全集、そしてノンフィクションと
個人の成長に合わせて読む本がどんどん変わっている。
逆に読んだ本を見ていると、著者の興味がどのように移り変わっていったか分かりそうだ。

そこまでするか、と思ったのが自宅ビル兼仕事場の風景。
自慢とも悪趣味ともとれるがともかく圧巻(誉めてます

印象的なくだり

 そういう最先端の研究者に話を聞きにいく前というのは、準備が大変なんです。
だいたいどんなジャンルでも、専門家というのは、インタビュアーがする質問によって、その問題に関してその人がどれだけの基礎知識を持っているかということをすぐに見抜きます。
それでその質問があまりにも浅い、表層的なものだと、専門家というのはものすごくいい加減な答えしかしてくれません。
これはもう、呆れるほどいい加減な答えしかしないものです。
どの専門家も忙しいですから、愚劣な質問につきあっている暇はないわけです。
この人はこの程度の答えで満足するだろうという見きわめをつけたら、それ以上のことは時間の節約のために全部省略してしまうわけです。
専門的なことを素人にいくら説明してもわかってもらえるはずがないから、余計な説明は時間の無駄と思うわけです(P.13)。

「超」整理法の野口教授も同じこと書いてた、質問される側だけど。
自分が理解していない質問してくるな(意訳)とも。
まぁ、野口教授はそれをからかっていたような(逆進性のはなし

 生物というのは、周囲の環境と、いろんな物質や情報を交換することによってはじめて生き続けることができます。
だから自分を取り巻く世界、環境がどういうものなのか知りたいというのは、生きるために必要だから知りたいわけで、食欲や性欲と同じように、ちゃんとした存在根拠を持った欲求のわけです。
周囲の世界を知ることによって、その生物はより良く生きることができる。
より良く生きるというのは、自分を取り巻く世界に対してより適応して生きていくことができるということです。
ですから、純粋知的欲求というと、何か人間に固有の非常に高度な欲求のように思えるけれど、そうではなくて、これはすべての生物が持つ本能に基づいた、根源的で、しかも強烈な欲求であるということが言えると思います(P.26)。

 語学だけは、純粋独学つまり本の上だけの自学自習は避けたほうがよい。できるだけ高価な金を払って、できるだけ厳しい先生についたほうがよい(P.61)。

 「実戦」に役立つ十四カ条(P.74)
 (4)自分の水準に合わないものは、無理して読むな。水準が低すぎるものも、水準が高すぎるものも、読むだけ時間のムダである。時は金なりと考えて、高価な本であっても、読みさしでやめるべし。
 (5)読みさしでやめることを決意した本についても、一応終わりまで一ページ、一ページ繰ってみよ。意外な発見をすることがある。
 (6)速読術を身につけよ。できるだけ短時間のうちに、できるだけ大量の資料を渉猟するためには、速読意外にない。
 (7)本を読みながらノートを取るな。どうしてもノートを取りたいときには、本を読み終わってから、ノートを取るためにもう一度読み直したほうが、はるかに時間の経済になる。ノートを取りながら一冊の本を読む間に、五冊の類書を読むことができる。たいていは、後者のほうが時間の有効利用になる。

 ここ一、二年のぼくの本の読み方を反省してみると、この計算通りにいかないことは明きらかだった。本を読み終って、次に読む本を選ぼうとして書棚を前にしたとき、ぼくの手が伸びるのは、どうしても読みたいと思っている本にではなく、楽に読み通せるだろうと思われる本に向かってだった(P.164)。

ドキッ(自戒

おれがなんとかします!

タイトルは、『吼えろペン』の登場人物前杉英雄の口癖より引用(本文とタイトルは関係あり…ます)

そもそも自分が知らないことを、他人に伝えることは出来ない。
他人に多く伝えたい、分かりやすく理解してもらいたいならば
自分が持っている知識の量と質を変えるしかない。
先に変わるのは自分、次が他人。