腕時計がどんどん遅れてきているので、電池交換のため、近くの時計屋さんに。
電池交換をしてもらっている間、時計のお話を聞いていたのですが、機械内部が汚れていたり、駆動部分の潤滑油が乾いていたりと、そろそろメンテナンスの時期ではないか、とのことでした。
いわく修理代金28,000円なり。
う~む、頂き物の時計で、分不相応な舶来品とはいえちょっとお高いですね。きびし~。
電池寿命は一年半から二年ということなので、次の機会には是非メンテナンスして綺麗にしてあげたいです。
電池交換は1,500円でした。
旅する読書家、ふくだしげたかのログ。旅の記録と、読書の記録、あとはおまけです。
腕時計がどんどん遅れてきているので、電池交換のため、近くの時計屋さんに。
電池交換をしてもらっている間、時計のお話を聞いていたのですが、機械内部が汚れていたり、駆動部分の潤滑油が乾いていたりと、そろそろメンテナンスの時期ではないか、とのことでした。
いわく修理代金28,000円なり。
う~む、頂き物の時計で、分不相応な舶来品とはいえちょっとお高いですね。きびし~。
電池寿命は一年半から二年ということなので、次の機会には是非メンテナンスして綺麗にしてあげたいです。
電池交換は1,500円でした。
母親とともに近所のスーパー(車で10分くらい)にお買い物。
「夕飯は何が食べたい?」なんて、ごく普通の会話をしてたら、「あっら~~」と話しかけてくる初老の女性。
自分はすっかり忘れていたのですが、大叔母さんではありませんか(つまり母親の叔母さん、祖母の妹)。
言われてようやく気づきました。
「おおきくなったねぇ」などのよくあるお話(多分最後にお会いしたのは小学生くらいのときかなぁ)。
母方の祖母は九人兄弟姉妹でその長女、母曰く「従姉妹は二十人以上」。
その大部分が、この辺に集中しているので、親戚だらけ(言いすぎ)なわけです。
夜は父親から、父方の曽祖父のお話。
ひいばあちゃんとひいじいちゃんは(当時としては珍しく)恋愛結婚だったらしい。
らしいというのは…他に接点が見当たらないという消極的理由なのです(笑
曽祖父は先の戦争でなくなったので、自分も父親もお会いしたことはありませんが、その人がいなければ当然今の自分もないわけです。
仏壇に写真と(戦地から送られてきた)ハガキがあったので、手を合わせておきます。
ナムナム。
読売ウィークリー
気になった記事は、「サブカルチャーの高級化(P056)」。
今年になって初めてゴスロリとかパンクとかの洗礼を受け(自分がではないですよ~)、そんな世界が(しかも身近に)あることを知り、興味津々で読みました。
高橋盾のブランド「アンダーカバー」の展示会のお話。
ドクロプリントのTシャツ、8,500円。銀色の蜘蛛のワンポイントのポロシャツ、15,000円。
「ドクロや蜘蛛などといえば、反体制ファッションのシンボルだったはずだ。こうしたものが高価な値段で大人のためのハイファッションとして、消費されていることが不思議だ。サブカルチャーとしての反体制ファッションはもはや存在しないということか」。
つまるところ、着ているものや持っているもの、センスなどでその人の思想を表す時代はもう終焉を迎えているということだろうか。
昨日の一日
名古屋を昼ごろ出発。
ちょうど名古屋-富山のしらさぎが出たばっかりだったので、それを追いかけるため新幹線で名古屋-米原間を急ぐ(新幹線と特急を乗り継ぐと、特急料金が半額に割引されるため)。
米原で乗り換える必要があるのでひかりを待ってると、なんと700系登場。もったいな~い。
米原でしらさぎに乗り換え。あいにく指定は満席。しぶしぶ自由席へ。禁煙席はすでにいっぱいなため、喫煙席へ。マスク買ってくればよかった、反省。
こんな感じで金沢へ。
金沢ではオープン前日のベルセルビルを見たり、久々に「一喜」というラーメン屋さんに行ったり、よく行ってたお店がなくなってるのを見てがっかりしたり、Tさんのバーでうだうだしたりしてました。
『夜と霧』を特急とか新幹線の移動中読んでいたのですが、思わず涙が出そうになって天を仰いでしまいました。感動とか悲しみとか、そういったものではなく、「無常」のようなものを思ってしまいました。詳しくはまた。
とにかく、「この本を読んで泣けない人とはお友達になれません」とのYさんのお言葉については、自分も同意なのです。
タイトルは孔子の『論語』の学而第一「朋遠方より来る有り、亦楽しからずや」より改編。
最近お引越しをしたMさんよりお手紙を頂きました。
携帯やネットで気軽に連絡が取れる時代だからこそ、親書はものすごく新鮮で嬉しかったです。
自分も割と筆まめになろうとしているほうですが、受け取る人がこんなに喜べるのなら、
もっともっと自分からも出してみようかなと思いました。
Mさん、ありがとう。
ちなみに「信」は中国語で「手紙」の意。