『JSA』

あらすじ
1999年10月28日午前2時16分、共同警備区域の北朝鮮側詰所で、朝鮮人民軍の将校と兵士が韓国軍兵士により射殺される事件が発生。現場に居合わせた目撃者の韓国軍兵士と朝鮮人民軍下士官は「拉致されて脱出した」、「突如攻撃してきた」と、正反対の供述を行なう。
中立国監視委員会は事件の真相を解明すべく、韓・朝両国の同意を得て、スイス軍法務科将校の韓国系スイス人、ソフィー・チャン少佐に調査を依頼。ソフィーは関係者と接触を繰り返しながら事件の真相に迫る。

JSA
監督 パク・チャヌク

出演
ソフィー・E・チャン
(スイス軍少佐) イ・ヨンエ
イ・スヒョク
(韓国軍兵長) イ・ビョンホン
オ・ギョンピル
(朝鮮人民軍中士) ソン・ガンホ
ナム・ソンシク
(韓国軍一等兵) キム・テウ
チョン・ウジン
(朝鮮人民軍兵士) シン・ハギュン

鑑賞後の感想
「オールドボーイ」「お嬢さん」を見て、この監督すごいなぁと思っていたので、過去の作品を見ようと思いツタヤでレンタル。
登場人物の描き方がどの人も丁寧で、「ああ、この人はこういう人なんだろうなぁ」ということが演技とエピソードから見て取れました。特に、オ・ギョンピルは実はとても優しい人、ということがことあるごとにちょっとした仕草から読み取れます。
そういう意味で、見ている人をオ・ギョンピルに感情移入させようとしているのでしょうか。

中立であるスイスの軍人であるソフィー・E・チャンは、より一層難しい立場の演技でした。
着任してすぐ「1953年以来初めて女性が足を踏み入れた」などという軽いセクハラから始まったり、 前任者からは「板門店はdry forestで小さな火種でも大火事になる」「中立であれ」とことさら強調されるし、南側の将軍は非協力的だし、もっとも当事者がまったく真実を語らないという環境の中だったので、苦悩するシーンが多かったです。
自室で家族の写真立てに飾った自分と母親の不自然なツーショットでは、ザ・伏線って感じでしたね。

ストーリーは、きちんと日付のキャプションが入っていたので分かりやすいし、当事者の陳述書のシーンから回想シーンへとなだれ込むつくりは、見ている人をきちんとリードしてくれる優しさを感じました。
というか、わかりづらい話だという自覚はあるんだろうなぁ。

ことの真相は結構単純な話なんですが、それを読む解くまでの過程がちょっと複雑かなと感じました。
特に分かりにくかったのは、銃弾の数のくだりです。
というのも、イ・スヒョクとオ・ギョンピルの証言では、現場にはその二人と殺された二人の合計四人がいたことになっているのですが、実際にはその場にはソンシクもいたのです。
その二人の証言にはあらわれないソンシクという第三の存在を導くために、客観証拠である銃弾の数の謎を読み解くシーンが
あるのですが、正直いって分かりやすい流れではありませんでした。

それはともかく、特に印象的なシーンは、やはり有名なチョコパイのシーンです。
イ・スヒョクが何気なくオ・ギョンピルに対し、南へ来ないかと誘うシーンです。
ちなみに、あのときのイ・スヒョクの表情から「ついつい口が滑ってしまった」感がありましたが、どうなんでしょうね。
それぞれイ・スヒョクとオ・ギョンピルの陳述書には、端々にお互いの影響力の表れがありました。
銃を抜くスピードよりも冷静さのくだり、だったり、ジッポライターだったり。
これらの要素が、二人を仲良く映すシーンよりもことさら心の交流を描いていたと感じました。

南北間の緊張がある現実では実際にはいまはありえない設定らしいのですが、言葉が通じる同じ民族で分断されている悲哀を、見ていて本当に痛々しく感じることができる一本でした。

ちなみに、別れの日に、三人で写真撮影をしようとした際に、バックにある総書記の写真が映らないようにするシーンがあるのですが、そこはきっと笑うところだったのでしょうね。

『スマートサイジング』

スマートサイジング -
スマートサイジング –

『スマートサイジング』
タミー・ストローベル

読後の感想
読む前までは、モノを減らしたりするのは探す時間が減ったりして合理的な観点からだけ、で考えていました。
しかし、本書は全く別で「人生を幸せに過ごす」という観点を中心に掛かれています。
その内容は心理学的なこともあれば、経験則的なこともあり、納得いくような書きぶりではありました。

それよりもなお、著者がすごいのは、車を処分し、仕事を変え、家も小さく、
というように段階を踏んできちんと進めていることです。
きっと試行錯誤がかなりあったことと思いますが
計画立ててそれを信じて実行していく過程がリアルに楽しめました。
そして、この通りやれば自分も再現できるのだなと安心にもつながりました。

いまの生活から何を得たいのか、を考えるとモノからではなく、
周囲の人や経験から学ぶべきという結論になるのでしょう。

ちなみに本書で掛かれているタイニーハウスとはいわゆるやどかりですね。

印象的なくだり

その頃の私は、カルフォルニア大学リバーサイド校の心理学教授ソニア・リボミアスキーが「幸せがずっと続く12の行動習慣」の中で挙げている「快楽順応」状態。
(中略)
新しい洋服を買う。一瞬、満たされた気持ちになる。
でも、そのうち着慣れて飽きてしまう。
よくよく考えてみると、私の投資はあまり見返りを生んでいなかった(P.019)。

何と引き換えに目の前のモノが手に入るのかと考えたとき、値段や取り急ぎ支払わなくてはならないお金のことを思い浮かべるのは簡単だ。
それしか頭になければ、今ある3万ドルの借金に数百ドルがプラスされることなど忘れてしまう。
しかし、ツケは必ず回ってくる。
まず、働くという形で。
次に、借金のストレスというかたちで。
そして好きでもない仕事に縛られたあげく、最後には時間を奪われ、人と深い関係を育めなくなる(P.040)。

カーシェアリングと同じ戦略は、家、オフィス、店、土地、機械などのツール、ブランド品など、さまざまな分野で応用できる。
モノをあまり持たない暮らしの魅力は、必要が生じたときにだけ欲しいモノやサービスにアクセスできる点にあるの。
私たちは今、モノの価値とコストのバランスを見直しはじめている。
それによって私たちのライフスタイルは、モノばかりを追い求めるかたちから、あまりモノを持たないカタチにきっと自然に切り替わってくるはずよ(P.080)。

ダウンサイジングを繰り返すたびに、私はどんどん幸せになっている。半分眠ったまま過ごすのではなく、生きているという実感を持って毎日を過ごしている。私には、ディー・ウィリアムスの力強い言葉で、今でも折に触れて思い出すものがある。
あのときディーは客席に向かってこう問いかけた。
「あなたは死ぬときに、両手にどんなモノを抱きしめていたいですか?
少しの間、考えてみてください。どんな部屋でどんなモノに囲まれて、最後の瞬間を迎えたいですか?そういったことをもっと日頃から自分に問いかけられれば、私が思うに、モノを手放せないなどということはなくなるはずです。
そうなればモノへの執着心は薄れ、代わりに人や経験に興味が湧いてきます。そしてこの人や経験こそが、私たちを本当の意味で幸せに導いてくれるものなのです(P.106)。

『子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい』

子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい -
子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい –

「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」
松林弘治

読後の感想
とても夢のある面白い本でした。
読みにくいプログラムコードは一再登場せず、代わりに出てくるのはなぜ「作る側」になるのか、という問いかけでした。
それは、我々が気付かないうちにコンピュータに囲まれて暮らしており、それらは全てプログラミングで動いているという気付きでもありました。

それと同時に、ベンチャー企業の創業者が皆一様にプログラムが書けるという現実もありました。
お金持ちにさせたいという目的からではなく、自分が作りたいものを作れるようにさせてあげたい。

インターネットがつながれば何でもできる環境は整っている
実際にやるのは子供でも、その環境を用意してあげるのは親の仕事

President Obama asks America to learn computer science

印象的なくだり

オバマ大統領が、ジョブズが、プログラミングを推奨
アメリカ合衆国大統領のバラク・オバマ大統領が2013年、国民に向けて次のようなビデオメッセージを公開しました。
コンピュータ科学のスキルを学ぶことは、あなたの将来に役立つだけでなく、我が国の将来のためにも大切です。
我が国がこれからの世界の最先端であり続けるために、皆さんのような若い人たちに、テクノロジーやツールを習得してもらい、私たちの生活を変えていってほしいのです。
皆さんもぜひ、この流れに参加してください。
ビデオゲームを買う代わりに、ビデオゲームを作ってみませんか?
最新のアプリをダウンロードする代わりに、アプリをデザインしてみませんか?
スマホゲームで遊ぶ代わりに、スマホゲームをプログラミングしてみませんか?(P.020)。

プログラミングの基本となる構成要素
実は、どんなプログラミングであっても、細かく分解していくと、基本となる3つの要素に突き詰められます。
・処理(別名「順次」)
コンピューターに行わせる計算や作業など処理そのもの
・分岐(別名「条件分岐」)
ある条件が成り立つ場合、成り立たない場合に合わせて、処理の流れを変える処理
・反復(別名「繰り返し」)
ある条件の間、一定の処理を繰り返す処理(P.106)。

ルーブ・ゴールドバーグ・マシンで遊ぶ
本当ならば簡単に行える作業を、わざわざ込み入ったからくり装置を次々につなぎ合わせて実現する、ユーモアにあふれた仕掛けのことです。
似たものに、NHK Eテレの「ピタゴラスイッチ」で登場する「ピタゴラ装置」があります。
(中略)
こういった装置を実際に作るのは難しくて根気がいります。
しかし同時に、作るのはとても楽しい作業です。
苦労の末に出来上がった装置を動かし、思い通りの動きをしてくれれば、達成感で満たされます。何度眺めても飽きることはありません。
そんなルーブ・ゴールドバーグ・マシンをモチーフにしたパソコンゲームが1992~2001年に発売されて人気を博しました。
シエラ・エンターテイメントが発売したゲーム「The Incredible Machine」です。
(中略)
残念ながら The Incredible Machine は現在、発売されていませんが、その開発チームが装いも新たに作り直したのが、「Contraption Maker」です。同様の世界観が楽しめます(P.138)。

『ムダな仕事はもう、やめよう!』

ムダな仕事はもう、やめよう! -
ムダな仕事はもう、やめよう! –

「ムダな仕事はもう、やめよう!」
吉越浩一郎
読後の感想
言わずと知れたトリンプの社長の本。
自分も「仕事をゲーム感覚で」って言ってみたい。

印象的なくだり

残業をやめれば、集中して仕事を処理できるようになり、かえってアウトプットの量が増える。
歩合制で働いているなら、アウトプットの増加はダイレクトに収入に反映される(P.060)。

じつは帰る時間だけをデッドラインに定めても、夏休みの宿題と同じことが起こりやすい。大量の仕事が目の前にあっても、今日の五時まで片付ければいいと考えると、つい午前中は手を抜いてしまうのが普通の考え方だ。
この場合、午後の三時ごろにやっとお尻に火がついてようやく火事場の馬鹿力を出しても、さすがにそれでは間に合わない(P.079)。

スモールゴールだったり、マイルストーンを設定しないといけないということ。

じつは会社には、本当ならやらなくても済むのに慣例で残っている仕事や、他の人がサボるためにこちらに回ってくる仕事がゴロゴロしている(P.087)。

わかる(強く同意

迷うだけ時間のムダなのだ。
仕事は、つねに小さな決断の連続だ。
(中略)
結局、仕事のスピードは意思決定のスピードに比例するのだ(P.109)。

結論のない報告をして平気な顔をしている社員には、「キミは時給八五〇円で働いているのか!」と怒鳴りつけます。
現状報告だけなら、誰にでもできる。
総合職に求められるのは、「何を、いつまでに、どのような方法で実行するのか」これが明確でない報告に、聞く価値などありません(P.157)。

人材は作るもの。「買えばいい」と思うな。

読売新聞
2013年03月24日記事から
慶應義塾長の清家篤さんの記事。
専門は労働経済学。
労働力を使い捨てにするのではなく育てようという内容で
長期的にはその通りだと思います。
ただ、短期的に今年、来年どうしよう、みたいに迫られている会社は
そんなこと言ってられないし、
非正規雇用だったり、力をつけていない人が
「能力がつくまで待って」とも言えないだろう。
正社員と非正規社員が二極化しているのが原因の一端のようなので
その間にゆるやかな自由雇用みたいな感じのレンジがあればいいのだけど。
日本の法律にある厳しい解雇規制は、正社員には安定を守ってくれるガードとして
必要以上に機能しているように感じる。
その結果、非正規社員が割を食っているみたいな。
 
1B295D03-A2D7-4227-851B-91457E38F729.jpg