『94歳から10代のあなたへ伝えたい大切なこと』

『94歳から10代のあなたへ伝えたい大切なこと』
吉沢久子

読後の感想
90代のおばあさんが若い時にできなくてずっと後悔してきたことを
若い世代に是非とも伝えたいことを綴りました…的な、
茨木のり子さんの「わたしが一番きれいだったとき」的な、
感じを想像していましたが、純粋に空振りました。
どうやら著者が60年程前に書いた二冊の本を加筆修正したもので、
全て現在の著者からの視点ではありませんでした
(せっかくなら加筆した部分を区別してくれるとより良かったのですが)。

ただその中でも一番良かったところは
「「楽しさ」を感じる才能を育てましょう」という章でした。
この章を読んで、自らの生活(や子育て)に取り入れようと思ったことは
「今日は楽しかった、なぜなら○○だったから」と考えるようにしようと思ったことです。
いわゆる愛少女ポリアンナ物語の「よかった探し」です
(知名度がアレなのでたとえとして適当かは不明)

自分は割と悲観的に考える性質なのですが、
過去の評価については楽観的に捉えるようにしています。
この性格によって、人生において比較的辛い時期も
割と楽観的に過ごせてきたような気がします。
その意味でも、自分の子供にはこういった性格(というか才能)を
身につけてほしいなぁと思いました。

惜しいというか残念なところは、こうこうしましょうと
書いているにも関わらず、具体的にどうすればいいのかが
殆ど無く抽象論(と精神論)に終始していたことです。
というわけで、一冊の本を熟読する時代ならいざ知らず
いまの時代とはやはり合わないなぁと再確認したのでした、残念。

印象的なくだり

友だちの助言者になるためには、むしろ、人の気がつかないような、美点を探し出してあげればいいのです。
ノロマな人には、落ちついたよさがあるかもしれません。
他人のあらさがしをしても、自分を育てることにはならないでしょうから(P.029)

大きくなるにしたがって、先生から絵かきに、それから学者、お医者さんなどと、なりたいものが変わっていったのは、ちっともかまわないと思いますが、どうしてそういうものになりたいのか、はっきりとした目的をもたなかった私は、賢くなかったと思います(P.064)

Market is not fair.

youtubeでホリエモンを見てて
この人は常に「どうやったらマネタイズできるか」って
本当に真剣に考えている人なんだなぁと
心からすごいなぁと思いました。

良い物を作っていればお客さんが付いてくる、とか
誠心誠意頑張っていればうまくいく、みたいなことって
全部が全部とは言わないが、それでうまくいく人のほうが
世の中少ない気がします(自分が見てきた範囲内では

それはもちろん努力する側の不足もあるかと思いますが
やはり市場ってそんなに公正ではないというか
全体として市場は大規模になればなるほど
目立たないアレコレなんて、掬い上げられないんだろうなぁとも。

自分がオシゴトをするようになって
よく考えるのは今の自分の市場価値は幾らくらいかということと
それを高めるためにはどうしたらいいのかなぁとしばしば思います。
「うわっ・・・私の年収低すぎ」のアレではありませんが
定期的に市場価値を確認して、履歴書をいつでも出せるために
常にカバンに忍ばせるくらいの漢気(おとこぎ)はもってはいたいものです、ええ。

どっとはらい

『論語』もいいけど『貞観政要』もね

『貞観政要』を初めて知ったのは確か、まんが歴史の偉人シリーズの
徳川家康か北条政子の巻だったかと思います。

その後、帝王学の王道の本であることを知り
更に「諫言」を重視した本であると知った時に
一言多い自分にピッタリの本だなぁと思った記憶があります。

で、その貞観政要には有名な一文があります。
太宗(君主)が魏徴(家臣)に
「王朝を建国することと、守り続させることとどっちが難しい?」と
尋ね、この質問に対し魏徴は
「建国する時は大抵世の中が乱れており、ならず者共を討滅して
統一するのだから、大変だけど、みんな一つにまとまっている。
それに対して、継続するほうは気持ちも緩んだり平和が当たり前に
なっているのに義務だけ課されている気がするので人心がまとまらない。
なので、建国することより守り続けるほうが難しいです」(意訳)と答えています。

この太宗は誰が言ったか知らないけれど、中国史上最高の名君の一人と
言われていて、この太宗が治めた時代は、みんな家の鍵をかけないし
みんな平気で野宿しまくりな平和な時代、いわゆる「貞観の治」と言われたそうな。

まぁそんな太宗が名君と言われた理由の一つが、諫言をよく聞いたことに
あるそうで、で結果として、「貞観政要」もきちんと残してもらえた、と。

やはり耳が痛い意見でも受け入れられ、尊重される組織ってのは
国家にしろ、企業にしろ継続するし後々強いのだなぁと思った次第です。

(じゃあどうやったら、諫言が受け入れる組織になることができるか?という
疑問はまた今度。ってか、上に立つものの器次第じゃないかと訝りながらおります。)

分かった気にさせてしまう能力は諸刃の剣?

最近は「オシゴトを教える側」になったので
自分が完全に把握していないのを棚に上げて
せっせと教えながら、(こっそり)自分用のマニュアルを書き加えていく毎日です。

自分がオシゴトを教えるときにいつも
心に留めておいて実行していることがあります。
それは教える前に必ず
「分からないことがあったら、僕の話を遮ってでも質問して下さい。
特に「理由が分からない」と感じたら絶対にその場で留めて下さい」と
伝えることです。

どちらかというと(どちらかと言うとね)
僕は話が達者な方なので(自称)
話をしているうちになんとなく分かった気にさせてしまう傾向があるのです。
でも、これは仕事をしていく上での自覚している
性格の中で最も危険なものだと感じているのです。

なぜ危険と感じているかというと以下の理由からです。

そもそもオシゴトをする際には、「なぜそれをやるか?」を
定義する必要があると思います(仕事の目的とも)。
なぜなら、目的がないのに続けるのは
無駄なことをやっているのと同義だからです。
ところが、たいていの人は自分でも気がつかないうちに「惰性で」
(無駄な)ものごとを続けてしまうものなのです。
さらに、たちが悪いことに「惰性で」と自覚していれば
まだマシなほうで、大抵の場合はもっともらしい理由を
付けて無目的なことを続けてしまうのです。

「自分のやっていることに意味が無い!」ということは
どういう瞬間に気がつくかというと
一つは自分の行動を棚卸しして、全ての行動を書きだしたとき、
そして、もう一つは、他人に指摘されたときなのです。

この二つ目の指摘は、自分がどう転んでも出てこない非常に貴重なものです。
僕の「分かった気にさせてしまう」話し方は
この二つ目の意見を、ともすれば潰しかねないのです…

よく言われるのが
「福田さんの話を聞いていると分かったような気がしたけど
実際に自分でやろうと思ったら、アレっ?と思った」というもの。

いい意味で僕の性格が災いしている部分なので
かなり気をつけて指摘してもらうようにしています。

三十路も超えると、自分の弱い部分と強い部分がより鮮明になってきます。
強みの部分は組織に貢献し、弱みの部分は他人に教えを請い補う。
こんなオシゴトの仕方をしております。

どっとはらい。

「保留コーヒー」って知ってますか?

保留コーヒーのお話

100年以上前、イタリア・ナポリで始まった
「保留コーヒー」という伝統を知っていますか?

イタリア語では「カフェ・ソスペーゾ」
英語では「サスペンディド・コーヒー」となるこの言葉
なぜか日本語に直すと意味が不思議な感じになってしまいます。

この「ソスペーゾ(保留)」という伝統は
その日何かいいことがあった人が、自分のコーヒー代を
支払うときに、もうひとり分多く支払って「保留で」と
バリスタに伝えたことが発祥なのだそうな。
そしてバリスタはその保留の分だけホームレスまたはお金に困った人に
無償で(支払い済のぶんの)コーヒーを提供するという仕組みです。

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この取み組みがいいなぁ、と自分が思う理由が三つあります。

一つ目は、お金を出す人がとても出しやすいこと。
いきなりコーヒー一杯分のお金を財布から出すのは
出す方も、出させる方も難しい。
でも、自分のコーヒー代を支払うついでにもう一人分、というのは
前者に比べてとっても簡単で気軽。ハードルが低いということは素晴らしい。
ハードルが低いということは真似しやすいし、広まりやすい。

二つ目は、お金を払う人が完全にお店を信頼しているということ。
逆に言うと、信頼していないと「保留で」なんて言えない。
信頼がある制度は定着しやすいし、継続しやすい。
きっと信頼の根拠は、自分もそのお店でコーヒーを飲んだことなんだろうね。

三つ目は、お店はお客さんから信頼を受けてお金を保留しているので
無言のうちに、着服したりして裏切りにくくなるような心理的かせがかかっていること。
しかも、自然に、無意識に、というのがポイント。
別にお客さんはこういった効果を意図していないにもかかわらず、ね。

考えれば考えるほどよく出来た制度だなぁと思います。

「保留コーヒー」が別の形になって広まればいいなぁ。
金沢市内で「保留」できるところ探してみよっかなぁ(スタバ以外で