『Aランクの仕事術―「時間=コスト」思考を徹底すれば、仕事の能力は驚くほど高まる!』

『Aランクの仕事術―「時間=コスト」思考を徹底すれば、仕事の能力は驚くほど高まる!』
日野征
すばる舎

読後の感想
取り立てて感想もないです。図が多い。全体的につめが甘いと思われる記述が多いです。もっと厳しいこと書かないと、心に響かないなぁと感じました。

印象的なくだり
問題点は常に解決する
問題点が発見できない人というのは、そういう意識がないだけなのだ。特別な能力が必要とされるわけではない。自分の仕事に前向きに取り組めば、必ず問題点にぶつかるものだ。ダラダラとやっている人は、目の前に大きな問題点があっても、それに気づかない。何も考えていないのだ。言い換えれば主体的に仕事をしていないということである。俗に言う「指示待ち人間」の典型例である(P107)。

『プロ論。』

『プロ論。』
徳間書店
B-ing編集部

読後の感想
様々な人が語るインタビュー集形式の本です。少ない字数でいかに伝えるかもプロの仕事だなと感じた。多くの場合、言葉が少ないのは伝えることが少なくなるけど、本当に伝えたいことは一行でも伝えられる。
一番のヒットはやはり中島義道。かくありたい、と思えるほど自分自身を見つめる勇気を持っている人だと感じた。
目次を見たときに、センスがない人選だなぁと思ったけど反省。知らない人ほどいいこと言ってた。幅が広がりました。

印象的なくだり

横山秀夫
本当に仕事で結果を出したいなら、何かを犠牲にしてでも努力をしなければならないと思っています。だから厳しい言い方ですが、少なくとも努力をしないで夢を見てはいけない。これは、どんな時代でも、どんな年代の人にも言えることだと思います(P100)。

邱永漢
お金がたくさんあったからといって、必ずしも幸せになれるわけではない。普通の人が1万円の買い物で味わえる楽しさを、お金持ちは1万円では味わえないんです。客観的にはお金持ちのほうが幸せに見えても、実はそうではないことも多い。
就職でもお金でもそうですが、客観的な値打ちと、主観的な値打ちの違いに注意することです。そして人生を客観的な真理や価値だけで貫くことは絶対にできないんだということを、きちんと知って欲しいですね(P115)。

佐々淳行
パニック時の特効薬は「笑い」である(P117)。

重松清
どこで書いても自分は自分、なんてのはオレは好きじゃない。取引先の顔色をうかがうとかそんなことではなく、求められている中で最も効果的なものを書いたほうがみんなハッピーになれるじゃない。これは文章を書く以外の仕事でも同じじゃないかな。恋した相手に接するくらいの意識で仕事をしたら、結果は大きく変わってくると思うね(P163)。

中島義道
社会にはいろんな人がいていいわけです。会社人間がいてもいい。家族を大切にする人がいてもいい。世間でいう成功を目指さない人がいてもいい。いろんな人がいる社会ほど、いい社会だと私は思う。
人々が画一化に走りたがるのは、そのほうが安全だからです。自分で判断し、全責任を負うのが怖いのです。最近では、自立なんて言葉も聞かれますが、多くの人が賛美するほど、自立という行為は甘いことではない。しかも自立という画一化がまた始まることになりかねない。大切なのまずは世の中もっとリアリスティックに見つめることです
(P168)。

平尾誠二
時間って命の一部なんですよ。今の時間を大事にできない人は、未来の時間もきっと大事にはできない。ここで自分らしく生きることができない人には、次なる道は開けない気がするんです。今はそういう感覚を大事にしなければならない時期にきていると思います(P177)。

高橋がなり
(前略)僕は、仕事の適性とは、「人にどのくらい喜んでもらえるか」で、考えるべきだと思っているんです。人に、より喜んでもらえる仕事こそ適性。そう心掛けて仕事を選び、取り組めば必ずチャンスはくると思う。ところが、「先にチャンスだけよこせ」「オレだけによこせ」という人が少なくない。それじゃ、チャンスはこない。自分のためじゃない。まずは人のために頑張ってみてほしい(P258)。

『「キャバクラ」の言語学』

「キャバクラ」の言語学―感情を刺激して相手を引き寄せるエモーショナル・ワードの実践
オーエス出版
山本信幸

読後の感想
言語学とかタイトルをつけるに値しません。間違って買うと後悔します(しました)。聞きとりをそのまま論評したようなお手軽な内容です。

印象的なくだり
「あなたが用いている会話のテクニックが、あなたの予想通りの結果をもたらさないのであれば、まったく別の方法でアプローチしてみるべきである」。
当たり前のように思うだろうが、当たり前のことは実行にしにくいものなのだ(P067)。

『メディアスクラム―集団的過熱取材と報道の自由』

『メディアスクラム―集団的過熱取材と報道の自由』
花伝社
鶴岡憲一

読後の感想
北朝鮮による拉致被害者に対する報道の加熱ぶりを分析して、なぜメディアスクラムが起こるのか?と書きたかったんだろうなぁ。心意気は汲むけど、現状確認以外は得られるものがありませんでした。

印象的なくだり

取材による人権やプライバシーの侵害とされるケースのほとんどは、個々のジャーナリストのマナー違反や勇み足的なパターンだ。これに対し、人権、プライバシーの侵害と関係付けられるメディアスクラムは、ジャーナリストによる取材が集団的に展開される影響を否定的に受け止められるとらえ方である。個々のジャーナリストの取材には何ら問題はなくても、それが集団的に行われることが”報道被害”となる、というパターンとされる。そのような事情はメディアスクラム防止対策について、メディアの種類に関わらず個々のジャーナリストやメディアの側のストレスを募らせる点である(P016)。

(前略)横並び取材・報道につながりかねないメディアスクラム対策は、メディアの側が安易に容認すべき方式でないことは言うまでもない。だが、拉致問題に限らず、報道の現場で人権やプライバシーへの配慮を視野に協調的な自粛態勢を受け入れざるを得ない一方で、個性的な独自報道を目指して苦闘する記者たちにとって、メディアスクラム的な事態を回避するための有効な対案を示さないままでの批判は説得力を持ち得ない(P025)。

メディアの取材・報道に絡む人権侵害が、犯罪容疑者についてだけでなく、犯罪被害者から事件発生場所近辺の住民も含めた周辺関係者にまで強く意識され問題化するケースが目立ってきたのは九〇年代半ばころからだった。九四年に死者が七人に上った松本サリン事件は後にオウム真理教教団による犯行とされるに至るが、それまでの間、被害者の一人、河野義行さんが容疑者扱いされた例は、過渡期の事例といえる。メディアにとっては痛恨のケースだった。
犯罪容疑者についての報道は、「判決確定前は無罪が推定されねばならない容疑者に対する、メディアの犯人扱い報道」として批判の対象になってきたが、犯罪被害者や周辺関係者にかかわる集中的加熱取材として主に指摘されたのがメディアスクラムである(P071)。

(前略)、公権力経由で行われる取材自粛の養成への対応は慎重さを要する。公権力側は、警察に限らず一般行政官庁でも、事が決着するまで情報を占有し、メディアや一般国民の関与を避けるなかで結論をまとめようとする傾向が、ほとんど習性になっているためだ。そうした公権力の対応は往々にして公権力本位の発想で処理され、公権力にとって不都合な情報を隠す事態が繰り返されてきたのが、この国の実体である(P078)。

GHQの言論・報道政策は、単に言論・報道の自由を回復したというだけではない。「言論の自由の奨励と言論の自由の制限の二つの柱」という両面性を持っていたといえる。
このような矛盾する言論政策は、国家体制の変革のような大転換の局面には往々にして生じがちである。例えば「平等」とともに「自由」という理念を掲げた人権宣言が採択されたフランス革命では、「おお!自由よ。汝の名においていかに多くの犯罪がおかされたことだろう」という言葉を残したロラン夫人をギロチンの刃の下に送った恐怖政治を生んでいる。旧勢力と新勢力の拮抗した状況に移る過程で、一方の勢力が圧倒されそうな場合、「自由」を掲げた勢力であっても、その理念を置き去りにしがちな現象といえる(P110)。

『仕事は5年でやめなさい。』

『仕事は5年でやめなさい。』
松田公太
サンマーク出版

読後の感想
タイトルから、仕事の話だけかと思いがちですが、どちらかというと生き方にウェイトがありました。文章の中にもありますが、自分があと何年生きていけるかを具体的に考える作業は、とてもつらいものです(仕事でいうとあと何年この会社にいるのかに置き換えて)。そう考えると、ただ漠然とやるのではなく、何か行動に意味を持たそう、持とうと考えるようになる、というのが本の骨子ですが全面的に賛成でした。
どうしても、豊かな生活と想像すると、悠久の時を考えがちですが、そんなことはないなぁとあらためて実感できました。
本読んでたら美味しいコーヒー飲みたくなった(笑)。

印象的なくだり
繰り返しになりますが、大切なのは、「期限を設定する」ということ。「やめる」という期限を決めれば、人はぐっとその成長速度を上げるのです(P019)。

自分が生まれた日、それは母親もっとも苦しい思いをした日なのでは、という考えが心に浮かんだのです。それなら誕生日とは本来、母親にもっとも感謝すべき日のはずだと思ったのです(P034)。

学んで自分を成長させようという姿勢があれば、たいていのことは我慢できるものです(P044)。

人は英語学習や資格を取るためにはいくらでも授業料を出すものですが、仕事の失敗となると、不思議とそれを挽回して次に生かそうとはせず、他人にも自分にも隠してしまう傾向があります。時間や金銭という授業料を出すのをなんとなく惜しんでしまいがちです(P054)。
仕事をこなせばこなすほど、その仕事で学ぶことは多いのです。人との接し方から、その人が何を望んでいるかに気づく。どうしたら喜んでもらえるかという工夫をこらしたり、自分に足りないものに気づいたり、そこで学ぶものは、まさにお金で買えない価値があります。
どんなことでも、真剣に向き合った経験、感覚は身体の中に残っています。学生時代、スポーツであれ音楽であれ、没頭して取り組んだ経験は大人になっても忘れることができません。それどころか、当時はあれほどつらかったことを懐かしみ、もう1度あんな経験をしたいと望みます。
真剣に向き合った経験、そのときの充実感は宝物となって心に身体に仕舞われているものです。
それはスポーツや音楽といった趣味だけに限りません。人が何かに懸命に取り組んでいるあいだ、その時間そのものが光り輝いているのです(P093)。

大手資本にとって、たとえばハンバーガーチェーン店の経営は、それこそ数多いプロジェクトのひとつに過ぎません。しかし、小さい会社にとっては社運を賭けた事業。取り組む際の気合いの入れ方が違うのです(P106)。

下手に出ることも、門前払いされることも、相手の本質を見る目を養います。お世辞を言われて目が曇ることもありません。どうしたら会ってもらえるかと頭を使い、周りにどう思われるかという見栄や外聞を捨てて挑まざるをえない。だから自分の欲しいものに、一直線に進むことができるのです(P110)。

現状維持という言葉は、非常に危険な言葉と肝に銘じる。どんな小さな負荷であっても自分にかけ続けること。成長するものだけが生き残る、これが自然の摂理なのです(P114)。

他人に対しては、できていないところはひとまず流して、いいところ、できたところを見つけ、そこをオーバーなくらいにほめる(P134)。

ビジネスにおいては、「恥ずかしい」という意識はいったん脇にどけてしまうこと。羞恥心や恥という概念は、気取りと紙ひとえのところにあります。情熱を持って驀進しているときには、恥や羞恥心を捨ててかからねばならないこともあります。
私は会議などで「何か質問はありませんか」という問いかけに最初に質問する人には、それがどんな内容であれ、拍手し、評価するようにしています(P159)。