自殺って言えなかった。

自殺って言えなかった。
自死遺児編集委員会, あしなが育英会

読後の感想
 親が自殺をし、残された子供の視点から書かれた本です。多くの人の体験談集といった構成になっています。

 普通は親のほうが先に亡くなるのですが、親が自殺をした場合、残された子供たちはどのように感じるのか、と書かれています。

 亡くなった親に対して「腹が立った」と「自分のせいだと思った」という二つの感情があるのが、他とは異なりかなり特徴的だと思いました。

子どもたちの太平洋戦争―国民学校の時代

子どもたちの太平洋戦争―国民学校の時代
山中恒

読後の感想
1931年生まれの筆者が、体験した子供時代のエピソードを通じて、教育が与える影響について書かれた本です。
先生の添削が入り、いかにもな軍国少年になっている作文や、校長先生のお話、報道など、実体験だけあって、とても強く心に残ります。

最後の部分で、戦争教育に加担した大人や教育者の責任についても触れられていますが、余り考えたことがなかった部分でした。

印象的なくだり
天皇に関して、この作文のなかに、ラジオの実況中継のことが出てくるが、当時は、天皇の声は電波にのせることが許されていなかったのである。
ラジオ放送を聴くものがすべて、直立不動の姿勢をとっているとは限らない、病床で寝ながら、それを聴くものもいるであろう、そのようなことがあっては、天皇陛下に対し奉りまことに恐れ多いことであるからというので、天皇の声は放送されなかった。
いまから考えると、とても正気の沙汰とは思えないことである。当時は、それがごく普通の、天皇に対するしきたりだったのである(P018)。

欲しがりません勝つまでは
東京市麻布区笄国民学校五年二組三宅阿幾子
(中略)ところで、この標語の実作者は国民学校の少女ではなく、その父親が彼女の名前で応募したものであった。
彼女の口からそれが明らかにされたのは、戦後三十七年経てからであった(P141)。

ある疎開学寮の教師は、その空襲で死亡した者の氏名を挙げたら、寮生の間から「わっ」と歓声があがり、口々に「いい気味だ」というのを聞いて慄然としたと証言している。
本来なら同じ学寮で半年以上いっしょに暮らしたのだから、その死を悼む言葉が出ると思ったのである。
それが全く逆になったというのであるから、その人間関係がどれほど荒廃していたかがわかろうというものである(P185)。

早起きは自分を賢くする

早起きは自分を賢くする
船井幸雄

読後の感想

 書いてある内容は平凡な早起きのための本という感じです。
あまり目新しいことや素晴らしい方法などは書かれていませんでした。
 それでもなお、この本がいい、といえる点は、「あの船井幸雄も言っている」と思えることでしょうか。
 それだけで説得力が増している気がします。

印象的なくだり

その強い意志を持つためには、具体的な目標がなければならない。
そうしなければ努力する方向が見えないからである。
と同時に、その決意には緊急性がなければならない、
それをぜひともやらなければならないという差し迫ったものがないと、決意を実践に移すことはなかなかできない(P144)。

(前略)つまり、早起きを長続きさせるコツの一つは、なぜ早く起きなければならないかという、起きるための明確な長期的目的を持つことだ(P145)。

このように三日坊主になってしまう原因は、いったい何だろう。
一つは、もともとその人がふだんの生活でも意志を持続できない性格だったということがある。つまり飽きっぽい性格だったことである。
第二は、その抱負を抱いたときに、それが実現可能であると、本心から確信していなかったということである。
つまり、単に理想として考えていただけで、本当にそうなるとは思っていなかったわけだ。
第三は、ぜひともやりたい、やってみたいという意志はあったのだが、途中で苦しさに負けて挫折したという場合である(P184)。