にく食う人びと

 タイトルは、例の辺見庸『もの食う人びと』より。

 ひょんなことから、要件事実の勉強が嫌になったので、久しぶりに外に昼食を食べに行こうと思い立つ。近くに洋風の定食屋さんがあり、そこがお気に入りで、半月に一回ぐらい行くのだが、そこに行こうかと。
 その定食屋さんは、美味しいわけでもなく、特に安いわけでもない。強いて言うなら、「残念な感じ」がよい。例えていうなら、「『愛の貧乏脱出大作戦』の脱出前」という感じ(脱出できるのかどうかは不知)。無愛想な店主と、それを補うように愛想のいい奥さん、得意な料理はなんだか分からないメニューが手書きで乱雑に並び、統一感のない店内、明らかに作りおきのサラダと美味しくないコーヒーと、リーチ寸前。そんなお店が好き(←好事家です
 そんなわけで、perfume聞きながらテクテク歩いて、お店の前に行くと「臨時休業」の張り紙。さすが、期待を裏切りません(ちなみに定休日は水曜)。

 いささかがっかりして、どうしようか思案しながら歩いていると、チェーン系の焼肉屋さんが。看板には、「土日祝日は昼間も営業してます」と。普段は家族連れが多くて入りづらかったけど、まぁランチがあるなら、と勝手に解釈し、入ってメニューを見てびっくり。別にランチセットがあるわけではなく、ただ単に昼も営業しているだけだった。そりゃあ、勝手に勘違いしたのも悪いが、普段夜やっているお店が、昼間もやってるとランチセットがあると思うじゃん?

 というわけで、真昼間から一人で焼肉、しかも店内は俺一人。そんな祝日、そんな生活。そんな二十九歳独身男子。美味しいけど涙で少ししょっぱいかも(笑)。流石にビールは思いとどまりました(←これ褒めるとこ

 ギャル曾根がアレだけ喰っても太らないんだから、俺が多少食っても太るはずがないという幻想を抱きがちな今日この頃。

追記
誤「ギャル曾根」→正「ギャル曽根」でした。

高山本線

 2007年09月08日に高山本線が全線開通した。今まで不通になっていたのは、2004年10月22日の台風23号のせいで、約3年間も止まっていたとは、驚き。その間はバスによる代替輸送があったのだが、鉄道よりも不便で、集落はどんどん人が減っていったと、NHKの特集でやってた。

 というわけで、ちょっと前ですが、猪谷駅経由で富山駅まで行ってきました。今回は、太多線、高山本線制覇。楡原駅と笹津駅の間の景色は絶景です。一見の価値アリ。

 それにしても、高山ラーメンの旨さに負けた一日でした。うまかっちゃん。

 ちょいグチ。ここだけじゃないけど、地方路線の高校生のマナーの悪さは目に余る。嘆かわしい…。ボックスシートに荷物を置いて、立ってる人がいても平気なんだねぇ。絶望なのです。

誤報―新聞報道の死角

誤報―新聞報道の死角
岩波書店
後藤文康

読後の感想
 いまやほとんどの人は情報の多くを報道機関からのものに頼っている。その報道機関の情報が誤りだったら、と考えたら末恐ろしい。
 この本には、新聞報道の「誤報」と「虚報」について書かれている。あせり、慣れ、勘違い、思い込み、パニックが誤報を生み、功名心が虚報を生む。

 新聞報道は完全な真実ではないということを肝に銘じておかねばならない、信じすぎてはいけないということを再確認できる本でした。

母に襁褓をあてるとき

 実家に戻ったら戻ったで、それなりに忙しいもので、こまごまとした雑務がたまってたり、イヤハヤ。

 先日、ライフプランなる今後の人生の展望を考える機会があって、そこで考えたことを基にして少し家族と話しをしてみた。我が家にとって余り気分のいいものではない。

 回復した今だから笑い話になるが、二年ほど前の母親は、家族すら分からなくなる時期があった。病室で禁じられているプリンが食べたいとダダをこね暴れた。全く似ていないのに女性の看護師さんを娘だと思い込んでいた。とまぁ、ココではかけないくらい大変な時期があったわけです。もう一回書くがいまは完全回復している。

 だからといって、あのときのショックは強烈で、その衝撃から考えると「もうならない」とは限らないわけで、頭の片隅には「介護」のことが頭から離れないのです。

 いまや外務大臣になってしまった舛添要一の書いた『母に襁褓をあてるとき―介護 闘いの日々』という本がある。これが出たときはまだ大学生で、サラッとしか読むことができなかった。きっと今なら心にズシンとくるんだろうなぁと思う。

 世の中の両親ってのは、子供の迷惑になりたくないと思っているもので、老人福祉施設(いわゆる老人ホーム)にでも入れてくれればいいと笑うが、子供にとっては、少なくとも自分にとってはそれは最終手段でありたいと思うんだよなぁ。

2008年05月21日追記
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