朝五時なんかに起きると、昼ごはん食べたら、もうすでにおねむなんですが…。
早起きをすることによって、却って一日が短くなっている罠。
いまコーヒー淹れているので、それを飲んで夕方まで乗り切ろう。
旅する読書家、ふくだしげたかのログ。旅の記録と、読書の記録、あとはおまけです。
朝五時なんかに起きると、昼ごはん食べたら、もうすでにおねむなんですが…。
早起きをすることによって、却って一日が短くなっている罠。
いまコーヒー淹れているので、それを飲んで夕方まで乗り切ろう。
IEタイプのブックマークに慣れすぎたせいなのか、googleブックマークの使い方がいまいち慣れません。ヘルプも使い勝手がいまいち。
ラベルの管理がとても大変。一つのサイトに一つの属性はつけられないよ~。
コッコといっても歌手ではなく(挨拶
国庫のほうのお話。
民法第959条に「前条の規定により処分されなかった相続財産は、国庫に帰属する。この場合においては、第956条第2項の規定を準用する。」とあります。
これだけだと分かりにくいのですが、大雑把に言うと、相続人もいなくて、内縁関係や老後の面倒を見てくれた人(特別縁故者)もいなくて、所有物に共有者もいない人の財産は、国のものになっちゃうよ、ということです。
ってことは、一応は国の歳入になるのかぁと思い、一般会計の歳入の表を見てみたけど、載ってませんでした。もしかしてほとんどそんな事例がないのか、あったとしても数が少なすぎて「その他」に分類されているのか、はたまたそんな人は財産を残さないのか、よく分かりませんが、調べてみた記録として書いてみました。
朝日新聞より
法務省は、司法試験合格者を2010年までに年間3000人にし、その後も増やすことを検討するという政府の計画について、現状を検証したうえで内容を見直す方針を固めた。合格者の急増による「質の低下」を懸念する声が相次いでいることに危機感を募らせたためで、「年間3000人は多すぎる」との持論を展開している鳩山法相の意向も受け、年度内にも省内で検討を始める。同省が慎重路線にかじを切ることで、今後の検討内容によっては現在の「3000人計画」が変更され、合格者数を減少させる方向に転じる可能性も出てきた。
裁判官、検察官、弁護士を合わせた法曹人口は約2万9千人。政府は司法制度改革審議会の報告をもとに02年3月、3000人計画を盛り込んだ司法制度改革推進計画を閣議決定。将来の法曹人口について、審議会は3000人計画の実施を前提に「18年ごろまでには実働法曹人口が5万人規模に達することが見込まれる」と予測していた。
しかし最近、一部の弁護士会が「就職難が起きている」「質が低下する」といった理由で計画への反対を表明。実際に、司法研修所の卒業試験の不合格者が増えたことなどから、法務省内にも「質の維持や需要動向が当初の予測通りでないなら、計画を変えるしかない」との考えが広がっている。
こうしたなか、政府が今春、閣議決定する予定の「規制改革3カ年計画」の改定では、法務省の働きかけにより、法曹人口の拡大について「社会的需要を踏まえた慎重な検討」を促す文言が初めて盛り込まれる見通しとなった。
法務省は「3カ年計画」の改定を受ける形で省内に検討組織を設け、本格的な見直しを始める予定だ。(1)司法試験の結果などから、質の低下を見てとれるのか(2)企業や自治体などが弁護士を雇用するという需要はどの程度あるのか(3)増員が、法律家がいない地域の解消につながるのか――といった項目を検証。10年以降に合格者数を減少に転じさせることも選択肢に含めて検討を進める。
日本弁護士連合会や法科大学院を所管する文部科学省など、関係機関による検討の場をつくることも想定している。
ただ、計画が変更された場合、法科大学院の入学希望者にも大きな影響が生じることから、法曹志願者や法科大学院関係者からの強い批判も予想される。法務省幹部の一人は「実際に数を減らすのは先でも、結論は早めに出さなければいけない」と話している。
記事は全国紙だと朝日新聞だけ?
なんというか、人の人生をおもちゃにしないで、と。
人数増やしたり減らしたりと、数年でやるな、と。質の低下?とかやる前から(丙案導入時から)言われてたことじゃないの?
鳩山の意向?死刑を自動的に、なんて刑の執行に責任をもてないような法務大臣の意向について意味があるのかね。これを言っちゃオシマイだけど、黙って蝶でも採ってろ。
ちょっとクールダウン。
結局資格試験の職業は、国家の政策の範囲の中でしか存続できないとはいえ、数年でちょこちょこ施策を変えられるのはなぁ。増やせ増やせと宮内が大声で言ったから、増やしてみたら、今度は減らせと。風呂のお湯の温度じゃないんだから。
この記事を受けて、来年度から新司法試験の受験者数は増えるし(今年の出願は締め切っているので)、旧試験の出願者(こちらはまだ出願可能)も増えると思う。新司法試験なんて回数制限あるんだから、翻弄されるのは厳しいよね、ほんとに。
それにしてもいい時期に記事が出たね。怒りでテンションマックスです。今年の上半期はこのテンションで乗り切る(笑
文中の人物は敬称略。
ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか
梅田望夫
読後の感想
『ウェブ進化論』に触発されて読み始めた本です。ウェブの話というより、これからの人生論や仕事論が記述の中心でした。
Googleなどに代表される検索エンジンの性能が格段に上がり、情報の流れるスピードが速くなった現代でどのように生きるほうが、個人にとって幸せなのかという視点で書かれていました。
説得的というより、そういう選択肢もあるという視点で読むことができる本です。著者の考えを押し付けるような印象は受けませんでした。
これから自分自身がどうしたいか、を見つけるにあたって大いに参考になりました。ネットに触れる時間が少ない人に是非読んで欲しいと思いました。
印象的なくだり
「一身にして二生を経る」時代に生きるうえで大切なことは、「最初の半分」での常識(現在私たちが皆身につけている常識)と「あとの半分」での常識はきっと異なるはずだという想像力を抱きながら生きることだと思う(P012)。
(前略)ネット世界の最先端を生きる若者たちは、すでにネットとリアルを区別しない。「区別して理解しよう」と考えた瞬間に、もう理解できなくなっているのだと言う(P030)。
ネット上にできた「知の高速道路」を疾走して「プロの一歩手前」くらいまでいけばその世界のどこが「見晴らしのいい場所」なのかがわかってくる。リナックス・プロジェクトのように「見晴らしのいい場所」がネット上にある場合もあるが、大抵の「見晴らしのいい場所」は今のところリアル世界にある(P099)。
私はよく「五百枚入る名刺ホルダー」を用意したらどうかと提案する(むろんネット上のソフトだっていい)。その名刺ホルダーに、仮に自分が組織を離れて一人になったとき、自分の能力に正当な対価を払ってくれそうな人(仕事を時給換算したときに最低でも時給数千円は支払ってくれそうな人)だけを入れるのだ。ネット上で知り合った人から、リアルの仕事上の知己、親、親戚、先輩、友人、後輩に至るまで自分が関係する人々すべてを対象に、「一人になった自分」を正当に評価してお金を支払ってくれる可能性が少しでもあるかどうかだけを判断基準に、その名刺ホルダーを埋めていくのである(P107)。
日本の若い人たちのブログを読んで思うのは「人を褒める」のが下手だなということである(P137)。
梅棹忠夫による名著『知的生産の技術』(岩波新書)
個人が、しらべ、読み、考え、発見し、何か新しい情報を創出し、それをひとにわかるかたちで書き、誰かに提出するまでの一連の行為を、梅棹は「知的生産」という言葉にこめた。ただ「頭がいい」とか「記憶力がいい」ということも生産を伴わなければ意味がなく、「本を読む」という高度な知的な行為も、アウトプットがないならば「知的消費」に過ぎず「知的生産」ではないのだと梅棹は言い切った(P146)。
「情報共有が当たり前で、隠すものを例外とする」のか「隠すこと前提で、共有する情報を例外とする」のかで、組織内の情報に関する考え方は一変してしまうのだ(P178)。
実践できるくだり
私は、知的生活に必要な自分の情報をかなりネットの「あちら側」に移している。「あちら側」とは、自分のパソコンの中(「こちら側」)ではなく、ネット空間上ののことである(P155)。
あらゆる面で徹底的にネットを活用すること。自分の志向性や専門性や人間関係を拠り所に「自分にしか生み出せない価値」(さまざまな要素からなる複合技)を定義して常に情報を発信していくこと(ブログが名刺になるくらいに、自分にとって大切ないくつかのキーワードの組み合わせで検索すると自分のエントリーが上位に並ぶようなイメージ)。自分の価値を理解して対価を支払ってくれる人が存在する状態を維持しようと心掛けること(P103)。
この本をどう活用すべきか
なるべく自分のパソコンの中にデータを溜め込まず、オンラインを利用したサービスに移行していきます。
RSSリーダやオンラインブックマーク、作成したデータなどもストレージなどを利用していきたいと思っています。
理想形としては、外出先から自宅パソコンの遠隔操作なども視野に入れて(必要か?
そのためには、まず通信環境を整える必要があるので、無線化とラップトップパソコンかスマートフォンを用意しないと。
それから自分自身のブログの位置づけを少し検討したいと思います。
具体的には、検索との関係とか、自分自身の強みに特化したものを書くべきか否かということです。