やっとかめ

タイトルは、名古屋弁で「久しぶり」の意。語源は八(や)十日(とうか)目。
山本正之以外で口語では聞いたことがありませぬ(タイトルと本文は関係あります

今日はお仕事で名古屋に日帰り出張してきました。

朝の11時からの契約(業務上の都合により特に秘す)やらなんやらで
名古屋には朝到着。

というわけで、コメダ珈琲でモーニングを洒落こんできました。

120919コメダ珈琲モーニング.jpg

アイスコーヒーにモーニングセットのトーストとゆで卵。
プラス100円で小倉あんです。

たまに食べたくなんだよね(褒めてます。

ちなみにお土産に、しるこサンドスティック買って帰ろうと思ったら名駅近くにはなかった…。
下調べ不足でした、反省。

ネットで買うと、12袋も来るらしい…そんなに要らないよぉ

『最後の授業』

最後の授業
ランディ・パウシュ

読後の感想
単に感傷的な文章以外のもの書こうと、読んだ後に少し寝かせたのですが、やはり感傷的になりそうです。

著者は享年48歳、子供が三人と妻が一人、大学教授で、余命までいくばくもない中、もともと依頼を受けていた講義の内容を「The Last Lecture」とし、後世に残そうとします。

と、これだけ書いてしまうとなんともないように思えてしまいますが、この気持ちに至るまでの心情や迷いが描かれていて、子供を持つ親として、自分の身に置き換えて考えざるをえませんでした。

著者は、子供の頃に抱いた夢を実現する方法と、それにどうやってチャレンジしてきたか、その過程で彼の夢に関わった(協力してくれた)人たちがどのように接してくれたか、と講義形式で進めていきます。

実は、これは彼の人生を振り返る作業(いわゆる走馬灯)であり、この講義はその過程をなぞるように進行していきます。もちろん、彼はこの講義の準備をするために、彼の人生をゆっくり振り返り、そして感謝し、別れることを悲しんだことであろうと思われます。

なんと残酷な作業だろう、と考えの浅い僕は思いました。
ところが、彼は文章の中でこのように書いて、別の形で悲しみを表現しています。

彼ら(注:彼の三人の子供たち)が大きくなったときに父親がいないと思うと。僕は悲しくなる。ただし、シャワーを浴びながら泣いているときに、「あの子たちがあんなことをするのを見ることができない」「こんな姿を見ることはできない」と、いつも考えているわけではない。僕が失うものより、彼らが失うものを考えているのだ(P.228)。

これから死にゆく自分のことを思うよりも、残された子供のことを思う。
この文章を読んで自分の考えの浅さを恥じました。と同時に、このように考えられる人に少しでも近づいていきたいと思いました。

文章自体は平易で読みやすく、特に難解な話も出てきませんが、途中から読み進めるのがつらくなりました。それは、読み進めると著者の「死」がどんどん近づいていることに気がついたからです。

是非子供が大きくなったら読ませてあげたい一冊です。

印象的なくだり

僕が失う配られたカードを変えることはできない。
変えられるのは、そのカードでどのようにプレーするかだけだ(P.033)。

自分の知恵を伝えようとすると、相手は聞き流すことが多い。
でも第三者の知恵を伝えるときは、傲慢さが薄れ、受け入れてもらいやすくなる(P.041)。

素晴らしい考え。実際に使っています。

何かひどいことをしたのに、だれもあえて何も言おうとしないなら、事態は深刻だ。自分に対する批判は聞きたくないかもしれないが、批判する人はたいていの場合、あなたを愛しているからこそ、よくなってほしいと語りかけるのだ(P.056)。

僕はいつも、自分にない専門知識をもっている人を信頼している(P.104)。

つまるところ、教育者のいちばんの役割は、学生が内省する手助けをすることだ。人間が向上する唯一の方法は-グレアム監督が教えてくれたように-自分を評価する能力を伸ばせるかどうかだ。自分を正確に評価できなければ、よくなっているのか、悪くなっているのか、知りようもない(P.130)。

この言葉を聞いてから、他人に意見を求められたら率直に評価を伝えるようになりました。
実は内心では評価を欲しがっていることを知ったからです。

僕はいつも、格好いい人よりまじめな人を高く評価する。格好いいのは一時的だが、まじめさは長つづきする。
まじめさは、かなり過小評価されている。まじめさは本質から生まれるのに対し。格好よさは表面で自分を印象づけようとするものだ(P.155)。

素敵な考え。

幸運は、準備と機会がめぐりあったときに起こる-紀元前一世紀に生まれた古代ローマの哲学者、セネカの言葉。少なくともあと二〇〇〇年は語り継ぐ価値がある(P.170)。

経験とは、求めていたものを手に入れられなかったときに、手に入るものだ。そして経験は、君が提供できるなかで、たいていもっとも価値のあるものだ(P.173)。

お願いごとにはひと工夫を
大学教員の仕事として、論文の批評をとりまとめたことがある。論文を読むのは退屈で眠くなる。そこで僕はあることを思いついた。教授たちに論文の批評を依頼するとき、ガールスカウト・シン・ミンツのクッキーを一箱添えて送ったのだ。

「引き受けてくださってありがとうございます」と、僕は手紙に書いた。「同封のクッキーはお礼です。ただし、批評がすむまで食べないようにしてください」

これには教授たちの顔もほころんだ。電話をかけてしつこく催促する必要はなかった。教授たちの机にはクッキーの箱がある。それを見れば、自分は何をしなければいけないかわかった・

念押しのメールを送るときも簡単だ-「もうクッキーは食べましたか?」

クッキーはすばらしいコミュニケーションの道具になる。仕事をきちんと片づけたあとは、甘いごほうびにもなる(P.186)。

なんてチャーミングなお願い方法だろうか。
僕にとってのカントリーマアムである。

人はさまざまな理由で嘘をつく。たいていは、少ない努力で何かを得られそうに思えるからだ。でも、短期的な戦略の多くは、長期的には非効率だ。嘘をついた人の大半は、その場で切り抜けたと思っている。でも実際は、嘘をついても終わりではない(P.193)。

彼らが大きくなったときに父親がいないと思うと。僕は悲しくなる。ただし、シャワーを浴びながら泣いているときに、「あの子たちがあんなことをするのを見ることができない」「こんな姿を見ることはできない」と、いつも考えているわけではない。僕が失うものより、彼らが失うものを考えているのだ(P.228)。

僕が思う親の仕事とは、子供が人生を楽しめるように励まし、子供が自分の夢をおいかけるように駆り立てることだ。親にできる最善のことは、子供が自分なりに夢を実現する方法を見つけるために、助けてやることだ(P.235)。

『人たらしの流儀』

『人たらしの流儀』
佐藤優

読後の感想
外交の問題になるとメディアによく登場する著者の佐藤優さん。
休職から失職になり、元の冠が付いたからなのでしょうか。
多筆だし、多弁だし、歯に衣着せぬ発言が受けているのだと勝手に邪推しております。

さて、そんな(どんな?)佐藤さんの著書。
対話方式で書かれており、インタビューアーに対して受け答えしながら
進めていくというもの。

佐藤さんの本全般に言えることですが、若干予定調和の香りがしてやみません。
もちろん、全部が全部後付けとは言いませんが。
中には「ムムム、これはすごい!」と脱帽する行動規範もあったりするのですが
全体としては「そこまで考えてないよね?」と感じてしまうことがありました。
(でも、すごく好きなので何冊も読みたいと思わせられてしまう)

いったい何が僕にそう思わせてるのだろうか?と考えたのですが
いわゆる「なんかズルイ」をそこに感じているのではないかと。

佐藤さんは狡猾さを隠さずに書いてくれているから、特にはそう思わないのですが
(本書の中では「ずるさを隠すことができる」のも能力と書かれています)
実際にこんな行動規範を持っている人がいて、会ってみたら
やっぱりずるいと思いながらも惹かれていくんだろうなぁと内心思ってしまいます。

くわばら、くわばら。

印象的なくだり

インテリジェンスの理想的人間像は、「ずるさを隠すことのできる程度の知恵のある、ずるい奴」なんです(P.015)。

決して嘘をつかずに、嘘を伝える。
ロシア人がよくやるやり方。
ここは熱帯です、大きな動物がいます。足はこんなに大きくて、皮膚はザラザラしている。ちょっと毛も生えていて細い尻尾がついています。さて、この動物は何でしょう?
普通は、象と答えるが、答えは犀。
「鼻がどうなっているか、訊かなかったお前が悪い」となる。
この過程で一番大切なのは、発言者は嘘をついていないこと。
だから、「鼻が長いのか?」と聞かれたら、
「鼻は長くないけれども角がついているとなる。
-ちゃんと質問していかないと、きちんとした答えに辿り着かない(P.023)。

-食事のあとの会計をスマートに済ませたいと悩む多くのビジネスマンがいます。よくあるご婦人同士の「今日は、私が払うわよ」闘争にならないためにはどうすればいいのでしょうか?
食事が始まる前に、もう一番最初に払ってしまうことです。
-えっ?
その「ここは、私が」闘争になる前に決着をつけておく。お店に今日のお客さんには、お支払いをさせるわけにはいかない事情があるといって、ぽーんと二万円なりを預けておくのです。そして会食終了後おつりだけもらうのがスマートなやり方です(P.055)。

こんな機会には滅多に遭遇しないけど、やるときはやっておこう!(とメモメモ

iPhone5

遂にiPhone5が発表されました。
まだ4Sにしてから一年も経っていないので
残念ながら今回は華麗にスルーなのですが
どちらかというと同時に発表されたiPod nanoに心惹かれております。

クレジットカードとほぼ同じ薄さ。
フィットネスnano(万歩計とかnikeplusとシンクできたり)とか。
そして何より遂にbluetooth対応です。

現在通勤にbluetoothの無線ヘッドフォンを使っている身としては
もう有線には戻れない(音質を考慮しなければ)というくらい
アタリマエの物になってしまいました。

nano何台目?というツッコミはさておき

(PRODUCT)REDのiPod touch、iPod nano、またはiPod shuffleをお買い上げいただくと、Appleは購入金額の一部を「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」に寄付します。

ということなので、赤を買おうとポチっておこうと思います。

なんか4Sの時も似たようなことを言ってた気がする。

『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』

『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』
正垣泰彦

読後の感想
賛否両論あると予想されるタイトル。
でも一気に読んだ。そして、読後にサイゼリヤに行きました(一人で

最初に肝に銘じておかなければ勘違いしてしまうことがあるが、著者は料理人では(一応)あるが、その前に経営者であるということ。もちろん目の前のお客さん一人ひとりは見ているんだろうけど、それはあくまでも全体のうちの一部として見ているのだろうということでした。
そして、より多くの人に「美味しかった」と言われるのは、実は料理人よりも経営者なんだな、と知っている人。

経営方針は至って明確で、後発の利益を最大に活かすところ(例外は後述)。おそらくマクドナルドを相当研究していると見られる記述が至るところに見受けられます。そういやレイ・クロックも同じタイプなのかなぁとひっかかりました。

少し本の内容からは離れるけど、僕がすごいなと思うのは、サイゼリヤ中国に合弁ではなく独立資本(100%出資)で成功しているという凄さ。他の会社の事例を見ているとこの凄さが際立つ。残念ながら本書ではそこまでは触れられていなかったけど、次作があれば是非読みたい。

ちなみにサイゼリ「ア」ではなくて、サイゼリ「ヤ」。

印象的なくだり

ほとんどの人は売り上げが増えれば、利益も増えると思っているが、それは違う。
利益は「売り上げ」-「経費」。
売り上げが増えなくても、無駄を無くして、経費を削れば利益は増える。
経営者は日頃から、売り上げが減っても利益が増える店を目指すべきで、売り上げが減って利益が出ないから困るというのは、今まで無駄なことをたくさんしていたというのに等しい(P019)。

き、厳しい言葉。

チェーン店を視察する場合、その店数は自社の10倍より100倍、100倍より1000倍と多ければ多いほど望ましい。
なぜなら数多くの店を持つチェーン店では、長い年月をかけて改善と標準化を進め、その店のお客様にとって「これが大事」というものだけが残っているはずだからだ。
チェーン店から学べる部分は個人経営の店でも多いはずだ(P040)。

この文章を読んでから、チェーン店に行くと必ずバックヤードの人の動きを見ています。
おそらく普通の人は、自分のお店の規模と全然違うから参考にならないと思っているかもしれませんが、
そんなことはありません。
逆にチェーン系(とか大きな企業)で働いた後に個人商店(や中小企業)に来ると
本当に非効率さに驚きます。
実はチェーン系のやっている作業は極限まで効率化された動きなので
意識しないと全く気づくことができないのではないかと考えています。

「安売り」と「お値打ち」は違う
お値打ちな料理とは価格が安いのではなく、その品質が「この値段なら、この程度の価値が必要だ」という水準を上回っている状態のことだ。
だから、値下げをしても価値を伴わない料理は売れないはずで、自分の首を締めるだけだ(P049)。

私に言わせれば、仕事とは「作業」の集まり。その作業の中で、時間のかかるものを短くできないか、無くせないかと考えることが、一番の効率化だ(P086)。

私の場合、食肉、鮮魚、野菜など曜日別にローテーションを組んで、常に朝一番に仕入れた業者の倉庫に出向き、食材を仕入れていた。
朝一番なら状態の良い食材の中から自分で自由に選べる。
ちなみに常に一番だったのは、夜遅くまで店で働いた後に、クルマで仕入れ業者の倉庫の前まで行って、そこで寝ていたからだ(笑)(P097)。

経営者のガッツ自慢話、などと侮ってはいけない…気がするけどね…(どうかな

経営者として、会社を大きくしたのなら、料理以上に教育への関心が持てなければならない。
今、売れるメニューを作れても、それは必ずマネをされる。
自分は料理を上手く作れても、それを「技術」として、人に伝えられないなら、店数を増やしても上手くはいかない。
そう考えれば、何十年と競争を続けるには、人材をどう育て、組織を作るかのほうが大切だ、と分かるだろう
(P173)。

自分が最近、「教育」について関心を持って読んでいるからこの言葉が引っかかるのだろうか。