今日の反省

 帰ってきてホットミルク飲みながら一人反省会。

1.自己紹介のときに、誰かと共通点を探して、その話をすること
2.三人の人に質問をすること
3.一人の人に共感を持ってもらって、意見を言ってもらうこと

 初めてお会いする方の数のほうが多いという、心持ちアウェーでした。ちょっと頭の中が真っ白になりましたが、何とか目標を思い出しながら堅守しようとしました。

 結果。
 自己紹介。話すことをシュミレートしながら言えた割には、望んでいた口調で話せず。よって、望むべき反応も得られず。
 「あれ?ここでひと笑い来るハズっ!」と滑っていく自分が遠くのほうに見えました(望遠
 こういった時は無難にまとめるの??
 何度やっても自己紹介は難しい。

1.自己紹介のときに、誰かと共通点を探して、その話をすること

 ちょっと時間的余裕がなくって、お話までは至らず。でも何人かの方とは少し話してみたい共通点がありました。

2.三人の人に質問をすること

 質問をした、というか考え方の違いについて話した、といったところでしょうか。タイミング難しいね。
 人数は達成なのです。

3.一人の人に共感を持ってもらって、意見を言ってもらうこと

 これはどうなんでしょ。一番の確認方法は、「自分が話しているときに周りの人の顔を見て、反応を確かめながら話すこと」だろうけど、残念ながらそんな余裕なし。
 メモを見ながら自分の話を分かりやすく伝えようとするだけで、キャパを使い切ってしまいました。確認する余裕なんて…。

 帰りにMさんに「分かりやすくてよかった」と言われたので、客観的にはそんなに悪くなかったのかもしれません。
 ただ主観的には、いま一歩…どころか二歩くらいかなぁ。

 次回の課題としては、話しながら聞ける人に。どうやって?

明日の目標

 明日は読書会に参加してきます。
 今回の課題の本は太宰治の『人間失格』。
 新年早々、重量級です(笑

 前回別の勉強会で目標を立てて、実行して、後でチェックして反省したら、いい感じ♪だったので、今回も。

1.自己紹介のときに、誰かと共通点を探して、その話をすること
2.三人の人に質問をすること
3.一人の人に共感を持ってもらって、意見を言ってもらうこと

 前回の反省点として、達成したかどうかの基準があいまい、である点がありました。つまり、目標達成か不達成かが良く分からない、と。

 カルロス・ゴーン曰く「数値化できない目標は『実行できない』とイコール」とおっしゃっていたのを思い出し、今回は敢えて数字にこだわってみました。

 1.はインプット主体で。初めて会う人とは必ず共通点があるはずです。そこをきちんとキャッチできるように。
 2.はアウトプット。建設的な意見、話が広がるようなことを言いたいですね。
 3.は影響力。これは困難だな。

 そんなわけで楽しんできます。
 明日は(車預けて)車検→予備校あたり→車を受けとり→勉強会という自分にしてはタイトなスケジュール。

 明日話すことをシュミレートしなきゃ。

葉書の受取拒否方法

 以前Tくんと話した葉書の受取拒否の方法について。

▼郵便物の受け取り拒否
 不要なダイレクトメール等、郵便物を受け取りたくない時には、「受取拒否」をする事ができます。紙に「受取拒否」、氏名、住所を書いて印鑑を押し、郵便物に貼って郵便局に持って行くかポストに投函して下さい。
 受け取り拒否された郵便物は、郵便局から差出人に戻されます。

 受け取り拒否が出来る郵便物は、開封前の郵便物だけです!開けてしまってからでは受け取り拒否できませんので、お間違えの無いように。
 はがきについては、封書と同じ方法で「受取拒否」と掲示してポストに投函すればO.K.です。ただしシークレットはがき(裏面がシールになっていて、シールをはがして中身を読むはがき)の場合、シールをはがして開封してしまったら受取拒否はできませんので、ご注意を。

引用元

 主に、ダイレクトメールに対して使うことが多いのかと。
 知り合いに出した葉書が受け取り拒否で返ってきたら…凹むね。

量の延長線上に質の向上がある

 私たちの可処分時間は、
 週に 100時間ていどしかありません。
 その、時間資源という何よりも大切な資源を、
 適正に配分し、
 夢や目標の達成に必要なことには
 ある一定以上の時間を投下することが大事です。

■まとまった時間を投下したうえで、
 その次の段階として、
 時間当たりの精度や、生産性の向上を図っていくことで
 さらに目標達成の速度が高まります。

■ところが、
 時間資源はほとんど(あるいは全く)投下せずに、
 精度の向上だけを求めるケースも散見されます。
 ほんとうは、
 【 量の延長線上に質の向上がある 】
 のであって、
 量を積み重ねないのに質が向上するはずはありません。

 【 量を投入することで初めて、
質の微調整をしていくことも可能になってくる】
 のです。

■たとえば、世界中の人が高く評価する
 トヨタの生産方式も、
 カイゼンのカルチャーと、
 圧倒的な行動を伴う微調整の上に成り立っています。
 経営者、管理者、現場で作業に携わる人に至るまで、
 膨大な投下時間と、たえまないカイゼンの中で、
 質の向上がなされているわけです。

■たまにブラッと管理職の人が出向いて思いついたように
 「改善しろ」と言ってみたり、
 現場の人が「もっと生産性を向上させたいなあ」と
 漠然と思っているだけで改善には至らないでしょう。

 「想い」と、投下した時間の「量」と、
 そのベクトルが掛け算されたところに向上があるのですから、
 【 成功したい! という「想い」を持った上で、量をこなす 】
 ことが大事。

■そのうえで質を追求していくことで、
 細かなノウハウの集積ができてくるのです。
 【 想い × 量 】
 で、目標が達成されていくのですから、
 順番を間違えないようにしなければなりません。

 いつもは割と読み飛ばす『平成・進化論』というメルマガですが、たまにいい言葉にぶつかります。

 このメルマガのすごいところは、とにかく量が半端ではないことです。これだけいろんなこと書いてあれば、どっかに一個くらい必ず「おっ」と思う言葉に出会うと思います。
 ご参考までに。

Too many cooks spoil the broth

 多数決について。
 子どもの頃から学級会や選挙など、多数決に慣れ親しみすぎているせいか、多数決について根本的な理解が不十分な気がする。

 多数決という決議方法が正しく機能するためには、幾つかの条件がある。その条件を満たさないで多数決をすると、却って悲惨な状況が多数決から生じてしまう。
 洋の東西を問わず、独裁政権は大抵、高い投票率による選挙により選出されているのは、多数決の方法を(誤って)機能させているからだと思われる(当独裁政権にとっては「正しく」機能しているんだろうけど)。

 まず、決議する内容が一義的に真偽が定まらないこと。
 科学や物理学などの自然界の法則について、多数決がそぐわないのは、正しいものが一つに定まるからである。
 逆に多数決に親しむものは、どちらも正解と為りうるもの。ただ少数派を(積極的に)侵害するようなものも性質的になじまないと思う。

 そして、頭数の価値が平等であること。そうじゃないと、重みの違う少数によって多数を覆すことが出来てしまうから。

 後は、組織とか団体が多数決を望んでいること。望んでいない場合は、衆愚政治になってしまう。多くの構成員が望んでいない場合はどうすべきか?とても難しい問題であるけど、個人的には哲人政治(byプラトン)が正しいと思う。

 多数決・民主主義が素晴らしいなんてのは、幻想に過ぎないのであって、決定方法・政治形態としても愚かであると考えてます。
 じゃあ、なんで多くの国は民主制を採り、多数決によって決議しているのか?

 それは、他の方法よりも、まだ「まし」だからでしょう(笑

 つまり、多数決は「正しい」のではなく、他の方法よりも「誤りが少ない」ということ。