『質問する力』

『質問する力』
文藝春秋
大前研一

読後の感想
 相変わらずの「自分を変えろ」との熱い主張に、このままではいけないといい意味で自己啓発される本です。
 ただ若干過去の事例の分析が多く、未来に向かってという方向の記述が少ないのが気になりました。
 帯の「これをつければあなたも必ず成功する」は少し煽りすぎですね。

印象的なくだり

八〇年代半ばのアメリカは、冷戦のために莫大な軍事費を使い、一方で対日貿易で巨額の赤字を出していて、この財政と貿易の双子の赤字によって国力は疲弊していました(P031)。

デルの経営手法は、コンサルティングの言葉でいうCRMとSCMを融合したものと言われます。
CRMというのはカスタマー・リレーションシップ・マネジメントといって、顧客と企業を電話やインターネットでダイレクトにつなぐ販売手法。
SCMというのはサプライ・チューン・マネジメントといい、実需に基づいて納入業者も一体となった適切な生産を行う生産管理の手法です(P046)。

複雑にからまりあった出来事にどう対処するかという時、質問することによって初めて、そこに横たわる根本的な問題が明らかになります。
そのうえで進むべき方向がわかります。
「これって、どういうことなの?」という質問から、全てが始まります。
ところが皆が迷っているから、自分も危機感を持たない、という安堵感さえ今の日本企業、自治体、政府には漂っています(P055)。

金融機関というのは集めた資金を投資するのが仕事です。
貸出先をプロの目で選んで運用し、必要な企業に資金を提供するところに存在意義があるのに、そうした社会的役割を放棄し、集めた預金で国債を買っているだけ
なのだったら、存在する必要はありません。
国債を直接、国が国民に売ればいいのだし、そのほうが調達コストも安くなります(P139)。

国債は未来からの借金である(P157)。

「今の若い世代はたくさんの老人を養わなければならない。負担ばかり大きくてかわいそうだ」などといって同情する人がいます。
本当に若い世代がそんな責任を果たすと思っているのでしょうか?(P159)。

まずは本当に自分が理解しているかどうか、つねに点検してみることです。
そして、すこしでもわからないところや疑問点があればとことんつきつめるということです。
その際には人に聞いてもいいでしょうし、あるいはインターネットで調べてみてもいいでしょう。
あるいは文献にあたるのもいいでしょう。
しかし、ひとつの情報源にたよるということはしないことが大切です。
他人のうけうりではなくて、自分の腑に落ちるまで調べてみるのです。
そうすることでいろいろな問題点が整理されていきます。
問題点が整理されてくれば、解決方法もわかってきます。
その解決方法をこんどは他人に説明して理解してもらうというプロセスがあります(P224)。

国が国民を守れない時代になった今、日本人はすべからく「質問する力」を発揮して、自分の生活を守り、自分の生き方を考えねばならない。それによって日本という国自体も変わってくるはずである。
これが本書の趣旨です(P268)。

試される力

今日の答練(模試みたいなもの)を聞いていて、いまさらながらなるほどねぇと思った部分。

間接事実
 ↓(推論)
構成要件事実(もしくは主要事実)

答案の中にちりばめられている事情は、ほとんどが間接事実であって、それを如何に拾って評価するのかが試される。
評価段階としては
C:間接事実すら拾えない
B:間接事実は拾うことが出来る
A:間接事実を拾いかつ推論して、構成要件事実を評価することが出来る


「急に」羽振りがよくなった
店を出るときに「お礼をいいながら」

ネットバッシングに注意せよ

ちょっと旬に遅れた気がしないでもないけど
Newsweek日本版(2008/03/19)

気になった記事は「ネットバッシングに注意せよ」(P046)。
匿名の集団が「正義の名の下に」断罪する…か。
大変恐ろしゅうございます。スターウォーズキッドと犬糞女は有名ですね。(いま調べてみたらwikipedia日本版にも記述があった。)

参考
スターウォーズキッド
犬糞女

闘うアジアの新・仏教徒(P038)。
平和主義と瞑想のイメージの仏教徒。
イスラム教徒の原理主義者が武器を持つのはイメージしやすいのに、仏教徒だとイメージしにくいには何故?
ところが最近は仏教徒も少しずつ武装化しているらしい。
ビルマなんかでは僧侶がデモの先頭に立ったりね。
攻撃性が増すと同時に信者が増えているという現象にもスポットを当てています。

アクセス操作はどこまでOK?(P044)。
アメリカのあるプロバイダが、接続しているサイトに応じて接続速度を変えているというもの。
どの通信を遅くするかを選ぶには、当然どのサイトを見ているのかを覗き見する必要がある。
これは恐ろしい。

最後にギクリとした写真。
ロシアを蝕むネオナチの病魔(P070)。
『夜と霧』を読んだ後だからだろうか。
ハーケンクロイツに身を固めたロシアの若者や
ナチス式敬礼をしながら写っている写真を見ると悪寒がする。
過ちは繰り返してはならない。

夜と霧(旧版)

『夜と霧(旧版)』
V.E.フランクル著
霜山徳爾訳

読後の感想

 読んでいる途中何度も目頭が熱くなり、読めなくなることが何度もありました。
 「悲しい」とか「切ない」とか、そのような感情ではなく「虚無感」に近いものを感じました。
 すなわち、なぜ人間はこのような残虐なことを行えたのか、ということと、どうして人間はそれを耐え抜けたのか、そして、耐え抜いた結果、一体何が残ったのか、ということを考えると、何も残らないのです。
 悲劇的な事実は存在するのに、その理由がない、これが虚無感の原因だと感じました。

 この虚無感を無くすためには、同じようなことを繰り返さないよう努力し続けることが必要です。
 新版よりも旧版のほうが読みにくいですが、読み返す機会が増えるので、旧版のほうがお奨めです。

印象的なくだり

フランクルの書の原題は、”Ein Psycholog erlebt das K.Z”で「強制収容所における一心理学者の体験」とも訳すべきであろう(後略)。
「夜と霧」この名の由来は、一九四一年十二月六日のヒットラーの特別命令に基づくもので、これは、非ドイツ国民で占領軍に対する犯罪容疑者は、夜間秘密裏に捕縛して強制収用所におくり、その安否や居所を家族親戚にも知らせないとするもので、後にはさらにこれが家族の集団責任という原則に拡大され、政治犯容疑者は家族ぐるみ一夜にして消え失せた。
これがいわゆる「夜と霧」Nacht und Nebel命令であって、この名はナチスの組織の本質を示す強制収容所の阿鼻叫喚の地獄を、端的に象徴するものとして最近は用いられるようになった(P007)。

強制収容所の実体を大衆に知らせないようにする手段も十分に考慮が払われており、注意深く計画されていた。
もともとドイツ国内においてすらこの事は秘密のヴェールにおおわれ、広く流布された噂があるだけであった。
そしてこの秘密のヴェールや噂も、共に秘密を深め恐怖を昂めるだけであった。
事実、大多数の人々は収容所の鉄条網を張り巡らした柵の背後で何が行われたいるかを知らなかった。
ただ少数の人々が推測をしていたに過ぎない(P009)。

すなわち最もよき人々は帰ってこなかった(P078)。

われわれは当時の囚人だった人々が、よく次のように語るのを聞くのである。
「われわれは自分の体験について語るのを好まない。何故ならば収容所の自ら居た人には、われわれは何も説明する必要はない。そして収容所にいなかった人には、われわれがどんな気持ちでいたかを、決してはっきりとわからせることはできない。そしてそれどころか、われわれが今なお、どんな心でいるかも分かって貰えないのだ」(P081)。

人間が強制収容所において、外的のみならず、その内的生活においても陥って行くあらゆる原始性にも拘わらず、たとえ稀ではあれ著しい内面化への傾向があったということが述べられねばならない。
元来精神的に高い生活をしていた感じ易い人間は、ある場合には、その比較的繊細な感情素質にも拘わらず、収容所生活のかくも困難な外的状況を
苦痛ではあるにせよ彼等の精神生活にとってそれほど破壊的には体験しなかった。
なぜならば彼等にとっては、恐ろしい周囲の世界から精神の自由と内的な豊かさへと逃れる道が開かれていたからである。
かくして、そしてかくしてのみ繊細な性質の人間がしばしば頑丈な身体の人々よりも、収容所生活をよりよく耐えたというパラドックスが理解され得るのである(P121-122)。

収容所において最も重苦しいことは囚人がいつまで自分が収容所にいなければならないか全く知らないという事実であった。
彼は釈放期限などというものを全く知らないのである
(P172)。

すなわち強制収用所における囚人の存在は「期限なき仮りの状態」と定義されるのである(P172)。

(前略)私を当時文字通り涙が出るほど感動させたものは物質的なものとしてのこの一片のパンではなく、彼が私に与えた人間的なあるものであり、それに伴う人間的な言葉、人間的なまなざしであったのを思い出すのである。
これらすべてのことから、われわれはこの地上には二つの人間の種族だけが存するのを学ぶのである。
すなわち品位ある善意の人間とそうでない人間との「種族」である。
そして二つの「種族」は一般的に拡がって、あらゆるグループの中に入り込み潜んでいるのである。
専ら前者だけ、あるいは専ら後者だけからなるグループというのは存しないのである。
この意味で如何なるグループも「純血」ではない……だから看視兵の中には若干の善意の人間もいたのである(P196)。

個人的オススメ本、ベスト10(2008/03/12現在)

友人のYさんとお食事の際のお話。
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『人を動かす』D・カーネギー 感想はコチラ
『こころ』夏目漱石
『時間の使い方のうまい人・へたな人』斎藤茂太

———————————-(超えられない壁)———————————-

『「超」整理法』野口悠紀雄
『レ・ミゼラブル(ああ無情)』ヴィクトル・ユーゴー

———————————-(入れ替わるかも知れない)———————————-

『人生を変える80対20の法則』リチャード・コッチ
『ウェブ進化論』梅田望夫 感想はコチラ
『クリスマス・キャロル』ディケンズ

———————————-(入れ替わる可能性大)———————————-

あとは難しいなぁ。比較軸が統一されてないので(例えばノンフィクションと小説は同じ価値観では比べられない)
自分に影響を与えてくれた度合いで測るしかない。

あとは
『そんなバカな!-遺伝子と神について-』竹内久美子
『憲法』芦部信喜
他、選べないくらい沢山ありそう。