『採用の超プロが教えるできる人できない人』

『採用の超プロが教えるできる人できない人』
サンマーク出版
安田佳生

読後の感想
多くの社長に出会い、採用に立ち会っている経験がより説得力を増していました。特に何度も出てくる「多くの社長はわかってない」のくだりは、信念にも似た感じがよく伝わってきました。
採用する側とされる側ではこんなに意識が違うんだなぁと感心することしきりでした。
志向と資質の話(P125)は気づかない視点でした。

印象的なくだり

この「自分は仕事ができる」という思いこみそのものが、「できる人」になれない最大の理由だということにさえ気づかない。もし、仕事ができないことを自覚する能力があれば、自分のできない部分に気づき、仕事ができる人間になろうと努力もするだろう。
こうしたできない経験者に教えられた未経験者は、同じように仕事のできない経験者になってしまうに違いない。できない経験者は、こうして周囲を巻き込んで、できない人材を蔓延させ、会社の業績を悪化させる(P032)。

経営者の目というのは、とかく自社の社員より、顧客に向けられがちである。私は社員の会社への満足なしに顧客の満足などありえないと断言する。社員は、自分が満足して初めて、客に心のこもった応対ができるからである。
経営者が社員を満足させられない以上、社員は客を満足させられないという当たり前の事実に、経営者は早く気づくべきだ(P056)。

よく「一芸に秀でる」と言われるが、一芸に秀でた人材には、ある共通点があるように思う。それは、彼らが自分なりの「人生哲学」を持っていることだ。
多くの少年たちが「プロ野球選手になりたい
」と夢見る。高校の野球部に入れば、「できれば甲子園に出たい」と誰もが願う。ところが、それを実現できる人はほとんどいない。その最大の理由は、実際に甲子園を目指すことで払わなくてはならない代償があまりにも大きいからだ。練習につぐ練習で、休みもないし、彼女もつくれない。楽しい青春時代は、グラウンドで流す汗とともに消えるだろう。そして、「そこまでして甲子園に行かなくてもいい」と思うようになるのだ。
一芸に秀でると言えるようなレベルの人は、この葛藤を乗り越えてきた人たちである。何よりも、「それになりたい」という気持ちを優先させてきた人たちである。多くの代償と引き換えに、またそこまでして自分がそれに打ちこむ理由を考えつづけた果てに、「自分は何のために生きているのか」という人生哲学が見えてきたとしても不思議ではない(P091)。

また、多くの人が、やりがいのある仕事につきたいと言う。これに対して私はいつも、「やりがいのある職種とか、やりがいのない職種があるわけではない」と答えている。どんな仕事をしていても、仕事内容そのものにやりがいを持てることは、現実ではあまりない。では「やりがい」とはどこにあるのかと言うと、それはその人がやる仕事の結果に、期待がかかっているときに生まれるのである(P092)。

仕事ができる人にはいくつかの共通点があるが、「スピード」という要素は、その中でもとくに重要なもののひとつと言えるだろう。「仕事ができる人=仕事が速い人」と置き換えても、言いすぎではない。逆に、「仕事が遅い」と言われたら、それは「仕事ができない」と言われているに等しい(P100)。

要するに、まず自社に興味を持たせて、入社したいという動機づけをさせ、つぎにその中から、資質を見極めてターゲットを絞っていくのが順序だということになる。「募集は志向で、選考は資質で」というのが、いい人材獲得の合言葉なのである(P125)。

誰でも入社を決めたとき、「いい会社に決まってよかったね」と言ってもらいたいものだ。印象の悪い会社には応募者も少なくなり、したがっていい人材も来なくなる。絶対採用しないとわかっている学生にも「いい会社だな」と思ってもらうことが大事なのだ(P135)。

結果がすべてと言われるプロの世界で、なぜプロセス重視なのかと思う人もいるだろう。彼らはプロセスには全力で取り組むが、結果には自分の力だけではどうにもならない部分がある、と考えているのではないか(P171)。

(前略)、交渉の場において主導権を握るということは、言い換えれば、「その交渉を先に打ち切ることができるという立場にある」ということなのではないか。業務提携などにおいては、「提携を解消しても損害が少ないほう」が、当然のことながら、主導権を握ることになる。
つまり、主導権を握るためには、相手側に、より大きなメリットを与える必要があるということだ(P175)。

なぜにほんはここまで落ちてしまったのだろう。理由はひとつ。人材レベルの低下である。現在の日本人のレベルは、残念ながら世界をリードできるほど優秀ではない。今や世界には、日本人より勤勉で優秀な人材はたくさんいるのだ。
そろそろ自覚しなくてはならない。日本は不景気なのではなく、人材レベルが下がっただけなのだと。この国を再生するのに必要なことは、はっきりしている。人材教育、これ以外にない(P184)。

面白い考え方
焼肉面接(P081)

過去に読んだ同じ著者の別の本
『千円札は拾うな。』 感想はこちら

『あの人と和解する―仲直りの心理学』

『あの人と和解する―仲直りの心理学』
集英社
井上孝代

読後の感想
和解とは、どちらか一方もしくはお互いに譲歩してするものではない、という考えには驚きました。読み進めると既存の概念を打ち砕くとと同時になるほどと思うことしきりです。
実際に多くの人との対話経験は、ある種の達観を生むのでしょうか。
ホーポノポノは癒されそうです(内容的にも語感的にも

印象的なくだり
(前略)トランセンド法とは、(Conflict 対立、紛争、もめごと、諍い、葛藤)の解決にあたって、双方の妥協点を調整する従来の方法ではなく、対立や矛盾から超越して新しい解決を創造的に探し出す方法であり、「超越法」とも呼ばれる(P012)。

トライセンド法では、第三者が両者の考え、言い分を十分にきき、対話することによって、対立する二者の目標・ゴールを乗り越えたところに新たな解決地点を見いだそうというものである。斬新かつ、極めて人の心理にかなった方法である(P012)。

話し合いの目的は、互いの利害が一致することではない。互いの気持ち、言い分に時間をかけて耳を傾け合う、というプロセスが大事なのであり、人々がこころを開示しあう対話がそこにあることが、重要なのである。自分の話をみんなに十分きいてもらえたという満足感があれば、人の話もまたちゃんときいてみようというこころの余裕が生まれるものである。そして、こころゆくまで共感的な話し合いができたあとなら、たとえ最初に自分が思っていた結論と違う結論に達したとしても、ストレスは残らない(P032-033)。

話し合いの現場に出れば、現実に直面することになるし、自分自身の葛藤と向き合わざるをえない。だから、逃避する。できるだけ問題を先送りにして、不快で居心地の悪い葛藤から自分を遠ざけようとする(P042)。

自分たちの部署の上司が、ある部下を「ダメ社員」として扱うことは、ほかの部下あちからすれば気持ちのいいものではない。さらに、ある意味、その彼をスケープゴートにして自らの安泰を確認しているといった意識もあり、それに罪悪感のようなものを抱いている社員もいた。そうした空気のなかで、上司の態度がやわらぎ、部下との距離が近くなってことで、もやもや感が払拭され、職場に新しい空気が流れこんだと思われる(P088)。

最終的にはすべて、自己との和解
親子、夫婦、職場・・・・・・対人関係にコンフリクトを抱えている多くの現代人が、ほんの少しでも立ち止まり、自分のこころのなかに目を向けてみる。自分の感情や欲求に耳を澄ませてみる。そんな作業の課程で、実は自分のなかにこそ被害者も加害者もいるのだと気づく。自己との和解とはそれに気づくことであり、そんな弱い自分を受け入れていく課程なのである(P143-144)。

(前略)、子どもの個の確立を考えようともせず、幼いころの表現を成長後も押しつけると、子どもの発達には悪影響を及ぼす。母子密着型の親子関係において、こういった押しつけ的コミュニケーションが、後々まで続いていくとどうなってしまうのだろうか。寒いと感じる前に「寒いでしょ」、悲しいと感じる前に「あらあらかわいそうに。つらかったね」と常に感情を先回りして言われることで、子どもは自分がどう感じているかがわからなくなる。自分の気持ちや要求がよくわからない”感じない子ども”になってしまうのである(P161)。

和解には、特効薬も一件落着もない。あなた自身のなかに葛藤があり続けるように、いたることに対人関係のコンフリクトは出現しつづける。和解がいったん成立しても、人士絵や社会生活にはコンフリクトがつきものである。
和解とは、そのつど「私は(相手は)何を望んでいるのだろうか」と自分に問いかけ、相手に問いかけていく作業であり、そのプロセスではないかと思う。
そして、一人一人の自分自身と向き合う勇気、相手と向かい合う勇気が自分の周りの小さな諍いから国際紛争までを解決に導く第一歩となるのではないだろうか(P184)。

『詭弁論理学』

『詭弁論理学』
中央公論新社
野崎昭弘

読後の感想
タイトルが面白そうだったのですが、あれ?普通の論理学の本でした。しかも説明を簡潔にしようとしすぎたのか、すこぶる薄い。事例式で楽しく読めるのですが、それ以上ではありませんでした。詭弁というほど、詭弁は出てきません。

印象的なくだり
なお、「ゲーテはすべてのことをいった」という冗談もあるくらいで、名前でおどろかそうとするときには、ゲーテは便利な人物である(P051)。

若者たちを悩ませる煙の代表は、「ほんとうの」「絶対的」「本質的」などという、深遠でしかもどこにでも使える言葉であろう。これらがいかに詭弁的であるかは、言葉の意味がぼかされて、結局は「いいように」あしらわれてしまうことからわかる。たとえば「愛」という言葉について考えてみよう。相手の考えに反対したければ、「ほんとうの愛っていうのは、そんなものではない」といえばよい(P071)。

『非常識な成功法則―お金と自由をもたらす8つの習慣』

『非常識な成功法則―お金と自由をもたらす8つの習慣』
フォレスト出版
神田昌典

読後の感想
よくある成功本と一線を画しているのは、書かれていることを実行したら効果が分かりやすい、ということだと感じました。言い方を変えると、習うより慣れろの本。理屈は後からついてくるし、結果を先に出せば楽しいこと必至です。
書き方、構成もうまいなと思うのですが、一番の説得力は経験に基づく鋭い指摘でしょう。
自分も実行してみて効果を感じました。オススメです。
この人の文章を読んでいると、自分もこうなれるんじゃないかな?と錯覚(笑) させてくれるので、またやる気が沸いてきます。
精神的にも技術的にも有用な本です。

印象的なくだり

目標を毎晩一〇個書く
これは重要なので、強調しておきたいからもう一度言うけど、どんな小さな行動でもいいから、行動できることを書く。なぜなら、私も含めて多くの人っていうのは、はじめの一歩を踏むのに時間がかかるんだ。そして、その一歩を踏んだら、今度はそれに応じて新たな展開があるから、二歩目は楽勝なんだ。
小さな、はじめの一歩を踏む。二歩目はラク。
すると、そのはじめの一歩を踏む頻度を高めれば、どんどん物事の進み方が、スピードアップする。数ヶ月後には、すごいことになっているわけですよ(P100)。

フォトリーディングは誰にでもできる
まずは第1ステップの「準備」。
(中略)
意識を集中するには、意識を向けるポイントがある。後頭部から一五~二〇センチほど上の空中だ。ここにミカンが浮かんでいることを想像してみる。これをフォトリーディング・ホールマインド・システムでは「ミカン集中法」と呼んでいる(P136)。

第2ステップはプレビュー、すなわち「予習」。これは非常に簡単。誰もが本屋さんでやでやっていることである。文章を読み始める前に、読む目的を明確にする(P137)。

(前略)、成功するための最短距離は、いま属している「否定的な会話をするグループ」から距離を置くことなんだ(P145)。

「机を挟んで賢者交わす一回の会話は、一ヶ月かけて本を読むのに値する」という中国の諺がある。自分のレベルを超えた人に出会うことで、まるでクリックされたかのように目の前の世界が変わる(P151)。

セールスの目的は相手を説得することではなく、相手が買う確率が高いかどうかを判断すること(P164)。

ふさわしくない客を見分けるには?
営業マンの仕事は、売り上げを上げることが目的なのであって、お客と仲良くすることが目的ではない。ところが、私を含めてほとんどの営業は、とんでもない間違いをする。要するに「お客と仲良くすれば、そのうち買ってくれる」という過ちである。
(中略)
「お願い営業はしない」
「できるだけ早くNOの返事を得る。」
実際のトークでは、相手がふさわしくないかどうかを判定するためには、まず相手の話を聞く。相手の話を聞き出すための質問は、次のとおりだ。
「今回お電話をいただいたということは、いままでお使いの○○に何かご不満でもあるんでしょうか?」(P176-177)

私の友人、ワクワク系マーケティングの小坂裕司氏は言っている。
「「なんでお金にそんなに興味があるんだ、もっと社会貢献することが重要じゃないか」と儲かっている人を揶揄するぐらいなら、あんたも五〇〇万円稼いで満足しているのではなく、一億円稼いで、九五〇〇万円寄付しろ」
(P195)。

先月より、今月の銀行残高を増やす。毎月毎月残高が増えていくことを死守するのである。たとえ一〇〇円でもいいから、お金が入ってくる流れを作る。出て行く流れよりも、入ってくる流れを多くする。それを一日でも早くやらなければならない。
なぜこれほどお金の流れについて重要視するかといえば、お金が出て行く流れを作ってしまうと、それが癖になってしまい、その流れを変えるのがむずかしいからである
(P196)。

「ポタポタ落ちてくる水の下にコップを置いて、水をためているとする。喉が渇いたからって、まだ半分しかたまってないのに飲んじゃうだろ?これは最低。なみなみいっぱいになるのを待って、それでも飲んじゃだめだよ。いっぱいになって、溢れて、垂れてくるやつを舐めて、ガマンするの」
これは金持ち哲学を凝縮した、名セリフだ(P202)。

シナリオをつくる思考プロセス
この振り子状態を解決して、前に進むためには、どうすればいいのか?
(中略)
決断するときというのは、まわりからは、スパっと素早く結論を出し、行動しているように見えるが、その裏には綿密な思考プロセスがある。
実は、決断をする際には、実現したい状況に至るまでのシナリオを描いているのである。つまり現在の「いい面」を最大限、残しながら、同時に将来の「悪い面」を最小化する。そして、将来の「いい面」を刈り取っていくという道を見いだしている(P220)。

(前略)四つの感情を客観的に認識する。
次に、それぞれの感情に対して、対応法を考える(P222)。

『他人を許せないサル』

『他人を許せないサル』
講談社
正高信男

読後の感想
良く目にする行動を捉えて、○○という理由によると書いてありますが、根拠が薄弱で説得力に書ける印象です。軽い文章なので読みやすさは抜群なのですが、結局何が書いてあったのか、読後の徒労感も抜群です。講談社ブルーバックスなので、と信じたらひどい目に遭いました。蛭子能収さんのイラストが好きならどうぞ。

印象的なくだり

まだ「個人主義」という言葉が一般的でなかった次代に、夏目漱石は自己本位について、「私の個人主義」という講演を試みている。座談や講演の名手としても一目置かれていた漱石は、イギリス留学で自我意識を明確に自覚するようになる。それは「他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬する」などの言葉で表現されている(P138-139)。

求めようとしている対象が本当に信頼できるクオリティなのか、クオリファイされるに値する人間なのかを知る手がかりがない状態で、いくらネットワークを広げたところで、日本人の利用法から見て地縁を広げたところで意味がない。それどころか、ガラクタ情報ばかりかもしれないし、思いもよらぬ損害を被る危険性もはらんでいる。
ぬるい関係、緩い関係
要するに、お見合いの相手を見つけるときに、ご近所の範囲では相手が足りないから、広く世界に求めますということになって候補者は多くなるわけだが、そのときに仲人してくれる人間が、日本の風習のようにいいことしか言わないようであれば、いくらフィリピンや中国へ行って嫁さんを連れてきたって、本質は変わらない。
その根底が変わりうる何かがない以上、SNSで付き合いを広げたとことで、ぬるい関係、緩い関係でしかありえない。なぜ緩いかというと、裏切られたときのリスクが高いからだ。そのリスクはますます高くなる。だって、直接顔をあわせていないのだから。裏切られたときのリスクが極めてハイリスクになるから、そのリスクを少しでも軽く防ぐにはどうしたらいいかというと、自分自身が最初から裏切られることを見越した上での付き合いしかできない。ぬるめの温泉につかっているような心地よさがあるのかもしれない(P146)。

同じ著者が書いた別の本と感想
『ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊』 感想はこちら