ベイエリアからリバプールからこのアンテナがキャッチしたナンバー

タイトルは、RCサクセションの楽曲『トランジスタ・ラジオ』(作詞 忌野清志郎)の歌詞より抜粋(タイトルと本文は関係ありません)。

備忘録代わりに。

先ほどワイヤレスマウスとキーボードの電池交換(単3*2*2)をしました。
記録を見ると、前回は2008年02月18日に交換してます。
およそ7ヶ月で交換かぁ。
マウスとキーボードはほぼ毎日3時間以上は使っているので頻度を考えると意外と消耗しないものなんですね。

ということは、次は、来年の四月くらいかな(気の長い話だ…)。

『切腹』

『切腹』
光文社
山本博文

読後の感想
切腹しないようするための武士や藩主の危機管理能力が、事なかれの体質を生み出したような印象を受けました。
畳の敷き方、介錯人の位置により切腹の格式が違うなんて初めて知りました。今度から時代劇を見るとき着目してみます。

参考画像(P110)
切腹その1.JPG

『若者はなぜ「決められない」か』

『若者はなぜ「決められない」か』
筑摩書房
長山靖生

読後の感想
若者というか正確にはフリーターについて書かれたものです。
簡潔に要約すると、一般に「選択する」の前提にくるのはまず、選択肢を認識していることと、締切が必要になります。ところが、まず若者は自分の現状を認識していない、そして、パラサイト・シングル化して締切がない、加えてダラダラフリーターをしていても、しばらくはなんとかなってしまう、というものでした。
これらの内容は一面としては正しいのかのしれませんが、やや決め付けすぎるきらいが見受けられ、厳しすぎるなぁと感じました。
大東亜戦争時代の若者と現在の若者との共通項を探り、つまりは、おじさんだって昔は若者だったのだ、とのくくりは自分にとって斬新でした。
それにしても、夏目漱石から山田昌弘まで引用の幅が広い文章です。読者に一定の知性を要求する書き手。

印象的なくだり
ある若い人に、どうしてあなたはそういう生き方を選んだのか、と聞かれたことがあった。
とっさのことで、私は「分からない」と答えた。それが正直な言葉だった。だが、それだけでは不十分なのも事実だ。
「分からない」というのは、まだ結論が出ていないという意味なのであって、決して問いに答えを出す努力を放棄したわけではない。
私にとって、「分からない」という答えは、「答えを出すべき問題を抱えている」ということだ。
そして「分からない」に至る過程には多くの混乱と思考がある。
逆に、思考停止または思考放棄を表すのが、安易に「信じる」態度とか、「信じられない」という言葉だ(P014)。

(前略)、友人であれ家族であれ、あなたが困っているときに、あなたが望むような援助の手を差し伸べてくれなかったとしても、「信じていたのに」という言葉だけは発してはならない。
もしその言葉が出かかったら、あなたは今の自分が、信じていた相手に、そんな信じられないことをせざるを得ないような負担をかけているのだと自覚すべきだ
(P031)。

繰り返すが、会社は労働の場である。決して仲良しクラブではない。
会社人間は、会社に見も心も捧げているように見えて、その実、給料のほかに、あらゆる満足まで会社から引き出そうとしているかのようだ。
若者の「会社離れ」は、そのような「会社人間」の上司に、私的に搾取されたくないという気持ちを反映している。
そして若者はまた、自分も正社員になり、会社が自分の全世界になってしまうと、いつか自分も会社人間になってしまうのではないか、という危機感を抱いているのだ。
だが、「会社に頼らない生き方をする」ということと「正社員にならずフリーターでいる」ということは、実際には無関係な、別次元の問題である。
この二つの混同が、無思慮によるのでないとすれば、そこには自己逃避の欺瞞が潜んでいる(P055-056)。

現在、われわれが天職というとき、それが他者のために選ぶ職、他人に奉仕する職という意識は希薄である。
天職はあくまで、自分自身のためのものであると感じている。
だが、「自分が自分の生き甲斐としてやることに、他人が金を出してくれる」というのは、かなり虫のいい話しではあるまいか。
これほど消費者を無視し、馬鹿にした態度もない
(P113)。

(前略)私は、今、とても恐ろしい事態を空想している。
それは今時の親世代にとっては、子供がフリーターをし、パラサイト・シングルになっているのを許すことが、親である自分自身の最後のプライドになっているのではないか、と(P118)。

漱石が講演「文芸と道徳」(一九一一)のなかで「昔の道徳すなわち忠とか孝とか貞とかいう字を吟味してみると、当時の社会制度にあって絶対の権利を有しておった片方にのみ非常に都合のよいような義務の負担に過ぎないのであります」と述べている。
そしてその都合のいい側に与した人間は、忠だの孝だの貞だのを言い訳にして、巧みに自己の保身を図り、利を貪ることにもなる(P148)。

昔は、話の合う友人をなかなか見つけられなくて苦労したが、思えば価値観のずれた同士でなんとか会話を成立させようと努力していたことが、私が曲がりなりにも文章を書くためには役立ったのだと、今にして思う。
ネットは孤独な人間の救いにはなるかもしれない。だが、かえって自分の価値観のなかへひきこもるのを助長する要素もあるのかもしれない
(P190)。

調べる作業が容易になった分、知識は記憶するのではなく、すぐ他人に聞くなり検索すればいいという風潮が強まった。
他人によって処理された情報を得ることは、自分で考える要素を少なくする。
それと気付かずに他人の解釈に従属してしまっていることでもある。それはつまり「私」を希薄化させるという副作用があるのではないか(P192)。

事実を認めることに価値があるのは、その認識が現状を克服する出発点となる場合だけだ(P204)。

過去に読んだ同じ著者の本
『不勉強が身にしみる 学力・思考力・社会力とは何か』 感想はこちら

『続「超」整理法・時間編―タイム・マネジメントの新技法』

『続「超」整理法・時間編―タイム・マネジメントの新技法』
中央公論社
野口悠紀雄

読後の感想
人間は時間をそのまま見ることができないけど、技術を使えば視覚的に見ることができる、とのくだりが自分の時間に対する認識を改めさせてくれました。
もう何年も前に読んだ本ですが、何度読んでも自らの生活を省みるきっかけを与えてくれます。
ちょっぴり極端でユーモアがふんだんに取り込まれた文章が素敵です。

印象的なくだり
努力すれば成功するというのは、ある意味では当然だ。ノウハウは、人間の怠慢さに寛容なものでなければならない。
これが、私の基本方針である。ノウハウがないことについて精神訓話で片付けようとするのは、旧帝国陸軍以来の悪しき伝統だ
(P007)。

連絡を受ける側からみて最大の問題は、電話は仕事中に割り込んでくることだ。どんなに重要な仕事をしていても、中断を余儀なくされる。
通話そのものに時間がかかることもさることならが、仕事を中断されることが大きな問題である(P089)。

口頭のほうがよい場合
a(前略)ブレイン・ストーミングがこれにあたる。
b本音や機密事項を伝達する必要がある場合。文書は残るために、不特定多数に読まれる可能性がある。
このため、「本音」や機密事項の伝達には適さないことがある。
c仕事を強制するため(P137)。

いま一つ。あまり指摘されていないけれども重要だと思うのは、教師が間違えることの教育効果である。
私は学生として、教師が間違えるところを何度も見てきた。そのつど興味深く思ったのは、どこで間違いに気づき、どのように修復したかである。
数式の計算の場合、最後まで展開してからではなく、途中で気づいている。
これを見ていると、計算過程でどのようにチェックをかけているかが分かる。
また、間違いを修復する場合、導きたい結論から逆に辿っている場合が多い。これによって、推論の過程が分かる。
図も同じであって、スケールなどを間違えて、説明したい点が表せない場合がある。この修復過程を見ていると、図の背後にある考えがよく分かる(P148)。

もっとも簡単に分かるのは、約束の時間に遅刻する人だ。とくに、会議の始まりにいつも遅れる人は、要注意である。
ここで指摘したいのは、その遅刻によって時間が奪われたということだけでなく、今後も奪われる危険が大きいということである。
なぜなら、遅刻常習犯というのは、忙しい人でなく、暇な人だからである。暇であるがゆえに、時間間隔がルースになっている。
したがって、これからも同じことを繰り返すだろう。こうした人とは、一緒に仕事をしないほうがよい。
忙しい人は、時間の貴重さを熟知しているから、定刻に正確である(P203-204)。

アイディアの逃げ足は非常に速い。「重要なことだから忘れないだろう」と思ってメモしないでいると、「何か大事なことを思いついた」という記憶しか残らない。
したがって、メモ魔になることが必要だ。重要なアイディアが浮かんだとき、手元に紙がなければ、ワイシャツの袖に書いてもよいくらいなのである
(P240)。

もっとも強く望みたいのは、待ち時間を明示することだ。これは、とくに病院の待ち時間に関して痛感する。
需要と供給の関係から、待ち時間が長くなるのは、止むを得ぬこととは思う。しかし、どの程度待てばよいかを知らせることは、できるはずだ。
その時間が分かれば、本を読んでいることもできる。もし待ち時間が長ければ、別の場所で待つこともできる。
しかし、いつ呼ばれるか分からないという状態では、何もできない。それに、いつまで待たされるか分からない状況は、人間を一番疲れさせる(P255)。

過去に読んだ同じ著者の本
『ホームページにオフィスを作る』 感想はこちら
『「超」整理日誌 地動説を疑う』 感想はこちら

過去に読んだ類似の本と感想
『能率手帳の流儀』野口晴巳 感想はこちら
『システム手帳新入門!』舘神龍彦 感想はこちら
『一冊の手帳で夢は必ずかなう』熊谷正寿 感想はこちら
『仕事で差がつく手帳の技術』長崎快宏 感想はこちら
『佐々木かをりの手帳術』佐々木かをり 感想はこちら
『夢に日付を! ~夢実現の手帳術~』渡邉美樹 感想はこちら
『必ず目標を実現する「鳥の目」手帳術』 久恒啓一 感想はこちら