というわけで、退院後初の定期検査に行ってきます。
これで大丈夫なら晴れて無罪(笑)放免ということで一安心。
血液検査とかCTとかは平気なんだけど、待ち時間がねぇ…(病院内って使用できるものが限られるし)。
ぐだぐだ言わずに行ってきます。
旅する読書家、ふくだしげたかのログ。旅の記録と、読書の記録、あとはおまけです。
というわけで、退院後初の定期検査に行ってきます。
これで大丈夫なら晴れて無罪(笑)放免ということで一安心。
血液検査とかCTとかは平気なんだけど、待ち時間がねぇ…(病院内って使用できるものが限られるし)。
ぐだぐだ言わずに行ってきます。
台湾旅行記八日目(2008年06月12日)
注意
ここでの記述は私個人が体験したこと・見たことを個人的につづったものです。
その光景は、偶々の出来事なのか、毎日の日常なのか、一観光客には判断がつきかねます。
もしもこれを元にして台湾旅行を計画するのであれば、必ず裏を取ることをオススメします。
また、文字に関しては出来るだけ繁体字を使うように心がけていますが、やむを得ず簡体字で書いている部分も多いです。
台湾旅行記
台湾旅行記一日目(2008年06月05日)
台湾旅行記二日目前半(2008年06月06日)
台湾旅行記二日目後半(2008年06月06日)
台湾旅行記三日目(2008年06月07日)
台湾旅行記四日目前半(2008年06月08日)
台湾旅行記四日目後半(2008年06月08日)
台湾旅行記五日目前半(2008年06月09日)
台湾旅行記五日目後半(2008年06月09日)
台湾旅行記六日目(2008年06月10日)
台湾旅行記七日目(2008年06月11日)
ホテルの朝食、まだついてないほうがましなくらいの質素なお食事。
なんか天気が悪くなりそうなのに、折りたたみ傘を鞄に入れ忘れたのがこの日の最大の失敗。重慶南路をずっと南下して総督府へ。
入り口は裏側。憲兵さんがマシンガン構えて立ってたけど、観光客が写真を撮ろうとしたらポーズを取ってくれる気安さ。雨が降ってきそうだったのでレインコート着用のせいか、軍隊というより警備会社のような雰囲気。粛錦文さんと入り口でお会いできたので、N川さんの紹介ですと伝えると喜んでくれた。また出口で再会を約して別れる。
他の日本人男性旅行客二人組と一緒に通訳さんと総督府の解説を聞く。
解説員さんによると総督府の六階にはソーラーシステムがあるとのこと。ソーラー完備の国家元首官邸は台湾だけと強調してた。
日本人だと台北-高雄間を開通させた児玉源太郎と「台湾の地で死にたい」といった明石元二郎が有名らしい。
相当の任期は、四年で二期まで。建設は当時280万円、今の35億円に当たる金額がかけられたらしい。
解説員さんのお話はたまに愚痴っぽくなる。台湾の現状に不満があるんだなぁ。
かつては台湾神社もあったらしいが、国民党政権が壊したそうな。台湾の玉山3,952mは新高山と改名。その玉山の緯度がアメリカと同じなので、大東亜戦争の暗号に使われたとのこと。相当の執務室は五階。説明を受け終わり外へでるとスコール。旅行中一度も雨に降られないと思ってたのにここで水が差されました。
近くの軒下で雨宿りしてたら、香港人の旅行者に総督府について尋ねられた。曰く、料金とか開いてる時間とか。
その後、S田さんへのお土産を探しに台北車駅の地下街へ。パイナップル入りのお菓子を試食したら美味しかったのでそれで。伝え方がまずかったのか、六個入りを一箱、と伝えたはずなのに、六個入りが六箱、売られそうになった、危うし。
昆陽駅に着きS田さんに電話。奥さんはバスに乗っておいで、とおっしゃってくれたが、S田さんは自ら迎えにいくといって、わざわざ駅まで迎えにきてくださった、感激。昆陽駅前の交差点の歩道橋の下で待つ。道の向かいには吉野家があったりと、まるで日本。
バスは小さなマイクロバスで、後払い方式でした。金額は一定?
S田さんのご自宅の近くには師範大学があるらしく外国人も多かった。
おうちはプール付き、守衛付き。すげぇ、ブルジョワジーだ。
ご自宅でお料理をいただき、いろんなお話。本の話、台湾と日本の話、博士号の話、中国史のお話(特に三国志)、船舶免許(ライセンスとパーミッション)、ハイクラスな考え方のお話、まず経済的な基盤を作ることから始めなさい、とのお話。原則と例外のお話など。
最後のご住所を教えていただき再会を約して別れました。お土産まで用意していただき感謝感謝。
それから台湾の高級スーパーに案内してもらいました。思ったより綺麗なのは高級住宅街の中にあるから?ミルク高すぎっ。
縁は異なもの味なもの、と言いますが(言うか?)、良くしていただき大変ありがたいことです。日本に戻ったらお礼状出さなきゃ。
バス停まで見送っていただき敬礼。
バス代金、15TWD。
次に昆陽駅から古亭駅へ行き、台湾大学へ。すごく雨足が強く、傘がないと歩けないので近くのお店で傘を購入。100TWD。
台湾大学、国立の大学でさらにトップの大学と言うこともあって立派。校史館とか椰子の木とか整っているよなぁ。
農学部の購買でN川さんと色違いの「台湾大学」とプリントされたTシャツをお土産として購入。このあか抜けなさと分かりやすさがかえっていいのかもしれない。290TWD
学生は日本語はだめだったけど英語が大丈夫だったので意志疎通はできてよかった。
趣味としている各国の大学の学食めぐりだけど、残念ながらセブン-イレブンとか綺麗にパッケージされた学食しか見あたらなかった。もっと泥臭いのがよかったんだけどなぁ。雨も伴ってあまり動く気になれず、がっかり。
古亭駅から新店駅へ行き、新店線完全乗車達成。
次に、七張から小碧(譚のさんずい)駅へ行き、小碧(譚のさんずい)駅線完全乗車達成。
小碧(譚のさんずい)駅駅のホームで写真を撮っていたら、どうやら入ってはいけないラインを踏み込んでしまったようで、突然赤色回転灯が点灯し、駅員さんがやってきてちょっぴり怒られてしまった。ごめんなさい。小碧(譚のさんずい)駅駅は少しだけ地上で高架あり。感覚としては、北綾瀬駅みたいな感じかなぁ(わっかるかなぁ?)。車両基地もあり。
日本語で日記書きながら日本語の本読んでたら前に座っていた高校生三人組が興味津々で携帯で写真撮ってた(無断で)いや、肖像権とか・・・(笑)
しょうがないので笑って「来来」と言って、一緒に写真を撮ってこっちも証拠を残させてもらいました(笑)。国立新店高中の生徒らしい。携帯電話見せてもらったけど、なんか機能がシンプルでした(電卓が付いているものって向こうで珍しいのか、「ほら、ほら」と何度も強調して見せてくれました)。「いま学校で何流行ってるの?」とか、「最近はまってるもの」とか聞いたりしてました(daughter dayって何?)。代わりに日本で流行ってるものとして「perfume」を教えてあげました(笑)。布教成功です。台北車駅まで一緒に行き、そこでお別れ、楽しかったです。
その後ホテルに一度戻り、荷物をおいてお食事とお買い物。西門の天仁(後で補充)茶でお土産用にお茶のティーパックを購入。135TWDが2セット。
ちょっと日本っぽいものが食べたくなったのでトンカツ屋さんに入って食事。150TWD。こっちではおしゃれな外食なのか、若者率カップル率高し。味はファミレスみたいな感じでそつがない感じ
旅行中歩きすぎたので、なんと靴下が破れてしまっており、新たに靴下購入。100TWD。
それから西門で法輪功の活動をしている人に声をかけられてお話。中国共産党の批判とか弾圧とかのお話。日本の大林組で働いているらしく日本語が上手でびっくりした。
国民党政府になってから活動しにくいだろうなぁ(小柄な女性だったけど今頃大丈夫なのかなぁ。無事をお祈りいたします。
帰り道ファミマでお菓子購入。あと郵便ハガキの自販機も見つけた(でも1,5,10TWD硬貨しか使えないの・・・
しかも、購入したら2.5TWDの切手(ハガキに印刷済み)付きだった。六枚入り。
ホテルへ帰り荷造りをする。不要な衣類や袋などを廃棄。1,000TWD以上余ってしまいそう、ど、どうしよう。
体重計測
2009/01/05
体重 55.5kg(前週比+0.4kg)
体脂肪率 13.7%(前週比-0.6%)
基礎代謝 1404(前週比+9ポイント)
骨格筋率 35.6%(前週比+0.3%)
年始の様子
2日
気管支喘息発作。酸素飽和度SPO2が正常値(100%)に対してサーキュレータ診断によると93%とか。これは中度の症状で、呼吸困難と会話不能でした。
お正月で近くの医院もやっていなかったので吸入とかもできず、ひたすら耐えていましたが(薬剤師やってるNくん(旧姓Yくん))電話して市販の薬(今飲んでるものと競合しないものを聞いてみて買ってきましたが)ダメでした。
結局中央病院の夜間緊急外来にて吸入とソルメド(ステロイド)点滴。それから吸入という応急処置でなんとか対処。
新年早々ひどい目に遭いました。ってか去年からお医者さんかかりすぎです。
3日
17時17分金沢駅発のはくたか21号に乗車。その後越後湯沢駅で乗り換えて20時08分のMaxとき348号に乗る予定でした。年始の混雑を予想してもちろん指定席。しかも超繁忙期のため、発売日の一ヶ月前のみどりの窓口の開始時間よりも先に並んで手に入れたというレア指定席切符でした。
異変が起こったのは、富山駅を過ぎたあたりから。車内の停電が頻繁に起こり、停車→点検を繰り返していましたが、泊駅でついに動かなくなってしまいました。この時点で20時ごろ。このときの泊駅の駅員さんの案内では、後続のはくたか23号で越後湯沢駅にて、もしくは北越9号で長岡駅にて、新幹線の接続をとるので、そちらに乗り換えてください、とのこと。もちろん「立って帰りやがれ、すっとこどっこい(意訳)」とのことなので、不本意ではありましたが、この時点ではその日のうちに東京に着く予定でした。
で、後続のはくたか23号でしたが、超満席。この時点で乗車率は100%を裕に越えてました。しかも21号の乗客が乗り込んできてるので、当然のごとく全員は乗れないので無理。一人だったらある程度詰めてもらって乗るのですが、指令に辛い思いをさせるのもアレなので、見送って次の北越9号で長岡接続をすることに決定(後にこの判断ミスが命取り)。
北越9号は本来停まらない泊駅で止まり(どこが面白いかは自分で判断してください)なんとか乗り込めたのは20時20分くらいのこと(臨時ダイヤなので定刻という概念はないけど、この時点で約16分遅れ)。ちなみにこの時点ではアナウンスで「長岡で新幹線接続します」と断言してた。時刻表で調べると最終の新幹線は21時42分長岡駅発Maxとき352号。えっと確か新幹線の接続って、20分以上遅れるととってくれないはずだよなぁとどっかで手に入れた知識をもとに本(こんな時にドラッカー読んでたら俗世のこととかどうでもよくなってきたのは内緒(笑))を読んでたら、まぁ順調に北越9号は遅れていきました。
その後、北越9号の車内アナウンスは糸魚川駅にて「新幹線に接続できなくなりました。反対方面のはくたかで金沢に帰って下さい」とか「0時00分発の北陸号で東京に向かって下さい」(三時間も待つのか?)とか、混乱したアナウンスを繰り返し、さらに反対側のはくたかに半分以上の人が乗り換えた後に一転して「やはり協議の結果、東京駅へ新幹線で接続することになりました」と正反対のことを言い出し混迷に拍車をかけてました。この時点で21時03分ごろ。
で、結局21時40分、直江津駅内で「東京駅へ新幹線の接続は無理です。北陸号も満席で今日中に東京へ向かう方法はありません。旅行を中断して金沢駅へ帰って下さい」とのアナウンス。この時点では宿泊とかの手段などの話は一切なし。しょうがないのでネットで長岡駅近郊ででホテルを予約。ある程度遅れてもいいから長岡へ行こうと決断し北越9号に乗ってました。かなりの人が諦めて金沢方面へ戻る列車に乗り換えてました。
ところが22時25分ごろ、いまだ直江津駅で出発もできず立ち往生している車内で「急遽新潟駅で車両を用意したのでその中で一泊して、明日の新幹線で帰って下さい」とのアナウンスがあり、さらに大混乱。
車内で寝るのもアレなので、予約したホテルに泊まるつもりで長岡駅下車。ところが長岡駅のホームでの説明は(駅長さんのMさん)「新潟駅の近くでホテルを押さえたので北越9号に戻って下さい」とのこと。もう何回目の説明の変更か分からないくらいですが、もうこうなったら毒を食らわば皿までの精神で、意地で北越9号に再度乗車。ちなみに長岡駅は怒号と怒声と怒気に包まれてました。一番災難だったのは、くだんの長岡駅の駅長さん。
その後、どうやら新潟駅でのホテル手配との対応になったらしく、なんだかんだで手続とかしてとあるビジネスホテルのベッドに倒れこんだのが01時20分でした。まぁ、治まってた喘息は当然再発(涙)、クスリをきめてなんとか生きてました(クスリといってもいけないお薬じゃなくてメプチンエアー(気管支拡張剤)で、心臓に負担がかかるためあんまり使いたくないんだよねぇ)。
4日
新潟駅のみどりの窓口にてきっぷに昨夜の対応の紙を貼られ、新幹線の自由席に(指定・グリーンは当然完売だった…)、なんとか東京駅にたどり着き払い戻そうかと思ったら、下車駅で対応してくださいとのこと。
で、下車駅のみどりの窓口できっぷを出すと、どうもよく分からないらしく、30分近く待たされました。普段は一応紳士をきどっているんですけど、流石にこれ以上は厳しい(体力的にも精神的にも限界だった)ので、「ちょっと時間が無いので、コピー取ってもらって対応してください。○○時ごろまた来ます」と言って担当者の方の名前を控えて帰ってきました。
ほうほうのていで、自宅に帰ってきて頭痛薬でも飲もうと思ったら、手を滑らせて、司令のご学友から婚礼祝いに賜った湯のみお茶碗を割ってしまいました。
こんなアスキーアートを思い出した…
*’“・* 。
| `*。
,。∩∧,,∧ *
+ (´・ω・`) *。+゚
`*。 ヽ、 つ *゚*
`・+。*・’ ゚⊃ +゚ もうどうにでもな~れ
☆ ∪~ 。*゚
`・+。*・
薬飲んで寝ます。
というわけで取り急ぎご連絡。
2日
五年ぶりくらいに本格的な気管支喘息の発作。
酸素飽和度(SpO2)が93%ですって。
死ぬかと思った(いや、毎回思ってるんですけど
3日
定刻どおり金沢よりはくたか21号乗車。
途中車両故障により列車が運行不能→乗換→その列車も遅れる→越後湯沢で東京駅への接続とれず→車中泊の危機→何とかホテルを手配してもらってなぜか新潟で一泊
4日
さっさと帰ってくるも、払い戻しとかなんやらでかなり待たされる
結論
手帳に附属させてたお気に入りのcrossのシャープペンをどっかに落としてきました。
詳細はあとで。
とりあえず凹んでます(ってか発作出ないように安静なのさ…