塀の中のプレイ・ボール
講談社
安部譲二
読後の感想
言い回しの独特さをのぞくと特に目新しいものはありませんでした。
刑務所内では娯楽が特に少なく、することがないんだなぁとしみじみ思いました。
作者は、登場人物の水田順一を自分に重ねすぎており、ちょっと美化しすぎなのかなと感じました。
過去に読んだ同じ著者の本と感想
『塀の中の懲りない面々』 感想はこちら
旅する読書家、ふくだしげたかのログ。旅の記録と、読書の記録、あとはおまけです。
塀の中のプレイ・ボール
講談社
安部譲二
読後の感想
言い回しの独特さをのぞくと特に目新しいものはありませんでした。
刑務所内では娯楽が特に少なく、することがないんだなぁとしみじみ思いました。
作者は、登場人物の水田順一を自分に重ねすぎており、ちょっと美化しすぎなのかなと感じました。
過去に読んだ同じ著者の本と感想
『塀の中の懲りない面々』 感想はこちら
東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ
筑摩書房
遙洋子
読後の感想
論争に勝ちたい、との動機で学び始めたけど、その結果を追い求める過程(いわゆる学問)の入り口で、その面白さに目覚めた…というような内容。
口語で書かれた軽快な文章と、上野先生のドキッとする一言、そして学んでも分からないことへの不安がとてもよく分かるいい文章でした。
引用も必要に応じて適宜なされており、ちゃんと勉強したんだなぁと好感が持てる内容でした。
無知の知という言葉を思い出し、自分もまだまだ学ぶことが多いなと意欲を駆り立てる作品でした。
「ゼミにおばーちゃん現る」は読んでいて少し切なくなりました。
ちなみに上野先生の講演を高校時代に聞いたことがあるはずなんですが、全然記憶に残ってません。もったいない…(まぁ高校生にはちょっと早すぎる分野だけど)。
印象的なくだり
ブスへの容赦ない制裁で多くの女性が押し黙る、よくある構図を避けるには、一瞬のうちにぐうの音も出ないほどの勝ちが必要とされる。
勝つ人の理論を私は教わりたかった。が、意外な答えがかえってきた。
「相手にとどめを刺しちゃいけません。」
そのごもっとな御意見に私は多少なりとも、失望を覚えた。
それは子供の頃からよく母親に言われた「ケンカしちゃいけません」を彷彿させる。
「なんで?なんでとどめを刺しちゃいけないんですか?」
「その世界であなたが嫌われ者になる。それは得策じゃない。あなたは、とどめを刺すやり方を覚えるのではなく、相手をもてあそぶやり方を覚えて帰りなさい。」
私は鳥肌が立った。やっぱ、本物だ、と思った。
「議論の勝敗は本人が決めるものではない。聴衆が決めます。相手をもてあそんでおけば、勝ちはおのずと決まるもの。それ以上する必要も、必然もない。」
教授は今度はニコッと微笑んで言った(P015)。
テレビで言っちゃいけないことの裏にあるもの
(前略)なぜ隠すのか、それを正しく知ることで、隠さなきゃいけない理由も知りたかった。
ほんとに、近づかないほうがいいくらい「危険」なのか、そうじゃないのか。命を落とすのか、ちょっと熱いだけなのか。
結論から言うと、「危険」なのは隠された言葉ではなく、隠す「思想」だった。
隠すから問題を見えなくする。見えないから、理解が出来ない。理解できないから誤解を生む。
誤解はいらぬ恐怖を呼び、その恐怖感こそ「危険」思想になる。
そして、一度「危険」とされたら「そのエリア」は番組責任と直結している(P080)。
知は現実にジレンマをもたらす(P084)。
「知」がもたらす自己矛盾は「問い」をあふれさす。
それらの問いへの解を探し求め続ける日々は何をもたらすのだろう(P102)。
棒にふらなきゃいけなかった人生は、自己防衛としてその人を、自分の人生を味わうことから遠ざけるのは、想像に難くない。
自由な表現を許されない立場。判断するには残酷すぎる状況。正視できない現状。
それらは、表現力、状況判断、現状認識という能力を容易に奪うだろう(P127)。
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夢をかなえるゾウ
飛鳥新社
水野敬也
読後の感想
体裁としては、面白おかしく書かれていますが、自己啓発本を読み込んでいる著者がエッセンスを抽出しようとした苦心の後が随所に見受けられ、読み応えがあります。
ハードカバーの本とは異なり、取っ掛かり易く、本を読む習慣が無い人にはかなりオススメできる本だと感じました。
ただ、あくまでも取り掛かりだけなのでこの本を読み終わった後は続けて参考文献に挙がっている本を読んで欲しいところですが。
内容を一言で示すなら、要するに「実行しろ」ということです。
印象的なくだり
「ほなら逆に聞きたいんやけど、自分のやり方であかんのやったら、人の言うこと素直に聞いて実行する以外に、何か方法あんの?」(P031)
「(前略)こうやって自分が頑張れてるの確認するんはめっちゃ大事なことなんやで。それ、なんでか分かる?」
「それは……自分を盛り上げるためですか?」
「まあそれもそうやけど、もっともっと大事なことがあんねん。それはな、『成長したり頑張ることは楽しい』て自分に教えていくためやねん」(P100)。
「(前略)自分がこうするて決めたことを実行し続けるためには、そうせざるを得ないような環境を作らなあかんということや。
ただ決めるだけか、具体的な行動に移すか。それによって生まれる結果はまったく違ってくるんやで」(P117)
「(前略)世界は秩序正しい法則によって動いとる。成功も失敗もその法則に従うて生まれとる。
だから、その法則に合わせて自分を変えていかなあかん。その法則と自分のズレを矯正することが、成功するための方法であり、成長と呼べるんや。」(P147)
「(前略)『愛の反対は憎しみやない。無関心や』言うやろ」(P182)
「自分らは、お金も、名声も、地位も、名誉も、自分で手に入れると思てるかも分からんけど、ちゃうで。むしろ逆やで。
お金は他人がお前にくれるもんやろ。名声は、他人がお前を認めたからくれるもんやろ。全部、他人がお前に与えてくれるもんなんや」(P312)
朝の知的生活術
講談社
現代情報工学研究会
読後の感想
多くの事例を紹介しているのですが、伝聞が多く、あまり説得的ではありませんでした。
早起きの効用という結果ではなく、方法・手段についての記述があればもっとよかったのになぁと思いました。
文章は分かりやすく読みやすいです。
何で早起きがいいのか?と思っている人には有用だと思いました。
研究会名義になっていますが実際の執筆は、松本薫さんお一人でされているみたいです(取材は他の人も加わっているようですが)。
印象的なくだり
豪華な朝食は、家族のきずなを深める要は、お互いが一緒にいて楽しい時間をつくればいいんです。
その点、朝食をおいしくすることは、かなりの効果があるはずです(P149)。
どんなに無理をしたところで、自分に与えられた時間が増えるわけではない。
減るわけでもない。
だとしたら、その与えられた時間内での自分の人生の過ごし方を、客観的に見直してみることがスタートだ(P222)。
過去に読んだ類似の本と感想
『早起きは自分を賢くする』船井幸雄 感想はこちら
『「朝がつらい」がなくなる本』梶村尚史 感想はこちら
『朝からシャキッと仕事ができる!2倍熟睡法』井上昌次郎 感想はこちら
台湾人と日本人―日本人に知ってほしいこと
総合法令出版
謝雅梅
読後の感想
台湾人が書いた「台湾人とは?」を知りたくて読み始めました。
先日旅行で台湾を訪れたのですが、行く前と行ってきた後ではかなり印象が変わり、「また行きたいな」と思える国でした。
かつて日本の制度や教育がなされていた名残とも思える部分も散見でき、読んでいて、郷愁を感じる部分もありました。
一番の肝は、やはりその複雑な国の成り立ちだと感じました。
「自分の国籍は何なのか」と悩むのはとても不幸で悲しいことですね。
もっと台湾のことを知りたいと思わせる本でした。
印象的なくだり
唯一日本を感じさせてくれたのは、日本人の先生たちと亜熱帯の台湾では絶対に味わえない秋と冬の風景でした(P029)。
日本人はどこへ行っても群れたがる習慣があるといわれていますが、実際には台湾人、中国人、韓国人の間にもこのような習慣が見られます。
同じ国同士なら考え方が近いし言葉にも支障がないのでどうしても集まってしまいます(P031)。
台湾の官僚、政治家は半分以上、外国の修士号や博士号を持っていることからも分かるように、台湾社会では学歴が高ければ高いほど有利です。
だから、台湾人はより高い学歴を求めて次から次へと海外へ飛び立っていきます(P039)。
思えば、会社に入って初めて迎えた正月、ある上司から年賀状が届きました。
何という礼儀を重んじる日本人だろうと思いながら、裏に書かれていた文字を見ると、「今年はもっと厳しくなっていくと思うので、覚悟してください」と書かれていました。
私は面喰らい、もう大人なのになぜそこまでいわれなければいけないのかと、怒りでいっぱいになりました。
その後、その上司の率直な性格が分かり、特に悪気はなかったということが理解できました。
しかし、当時の、日本人の本音と建て前が区別できなかった私には、その言葉を理解できませんでした。
むしろ、私の反感をかってしまったのです。
抵抗心が強い私にとってそれは逆効果でした(P060)。
台湾人とうまくつき合うには、まずこの「面子思考」を知ることをおすすめしたいと思います(P061)。
台湾ではその教育を「国民党教育」「国民党政治教育」と名づけています。
文字通り、国民党の都合によってつくられた教育を指しています。
たとえば、モンゴルは一九二一年に中国から独立、六一年には国連にも加盟し、現在一二〇カ国と外交関係を持っていますが、にもかかわらず、九六年まで台湾の中華民国全図にはモンゴルがまだ含まれていました。
その地図を信じて疑わなかった私は、日本に来てから、「モンゴルは中国の一部か、独立国か」という問題で、日本の友達と口論になりました。
それを思い出すたび、なんというひどい教育だとつくづく感じます(P071)。
台湾では「男児有涙不軽弾」という言葉があるように、男性は簡単に涙は見せません。
台湾人男性にとって涙とは弱者の象徴です。そして、小さいときから男性は軍隊に入り、国を守る義務があると教育されてきたせいでしょうか、だれもが弱者の象徴である涙を嫌います。だから、意地でも格好つけて人の前では泣きません(P186)。
私たちアジア人にとって、欧米人がみんな似たような顔をし、区別がつかないのと同じように、欧米人も私たちが日本人なのか韓国人なのか中国系人なのかを判別するのが難しいようです。
だから、日本のことをちょっと勉強すると、すぐそれは日本人の特徴だとか不思議なところだとか決めつけ、誤解します。
それはある程度しかたがありません。
しかし、日本人自身やアジア人までも欧米人が書き立てたものを基準にして、日本や日本人を判断してしまうのはおかしいと思います(P212)。