北京五輪ボイコットは逆効果だ

newsweek日本版
2008年04月23日号

いまさら感が漂うが、メモが出てきたので折角なので。
注目した記事は、中国関連の記事。

北京五輪ボイコットは逆効果だ
中国当局を説得することに成功した経験があるビジネスマンなら知っているように、この国の政府を動かすには人前で恥をかかせるように、内々に働きかけるほうが効果的だ(P015)。

中国に対しては名を捨てて実をとる、という考え方がその根底にある…のかな。いずれにせよ、まともに相手をしてはいけない、との考え方には、残念ながら共感するところもあるねぇ。

こんなものをたべてます

先日、朝食のメニューを書いたところ、全国各地から(大げさ)、「喰いすぎだ」「脂っこすぎる」「早死に必至」「素晴らしい人格はバランスのよい食生活から」などの、応援のメッセージを頂きました(ウソ

100%オレンジジュースをコップ一杯。
バナナを二本。
食パン(超熟5枚切)を二枚。
一枚は、トーストしてバターと苺ジャムをたっぷり。
もう一枚は、キューピーのパン工房のツナ&マヨを塗って焼く。
コーヒーゼリー。
ウインナー10本。
牛乳をコップ一杯(プロテイン入り)。
たけのこの里、ファミリーパックの一袋。

いや、別に毎日こんな↑感じではないので、ご心配なく。

ちなみに2008年04月23日の食事はこんな感じでした。
ツッコミ大歓迎。

20080423朝食.jpg
朝食
食パンにパン工房のツナ&マヨを塗って焼いたもの
野菜ジュース
コーヒーゼリー
カントリーマァム2個
コーヒー

20080423昼食.jpg
昼食
ごはん
味噌汁
大根の味噌煮込み
きんぴらごぼう

20080423夕食.jpg
夕食
ファミチキ

『夢に日付を! ~夢実現の手帳術~』

夢に日付を! ~夢実現の手帳術~
あさ出版
渡邉美樹

読後の感想
手帳の使い方というよりも、その前提となる自分、人生の目的について特化して書かれた本です。
徹底した自己管理について書かれており、自己啓発されること必至です。
ただ、手帳の使い方、手段部分についてはごくごく平凡であり、具体的に知りたいなら本書は余り参考になる部分が少ないかもしれません。
むしろ、この本の素晴らしいところを一点挙げるとすると、徹底したブレイクダウン方式が取られていることです。
一点の迷いもないところが、却って新鮮で、影響されれば効果大でしょう。

印象的なくだり
ここで大切なことは、自分がワクワクするような物やサービスに囲まれて生活するためには、いったいどれくらいのお金が必要なのかを、しっかりと考えてみることです(P085)。

部下から尊敬される上司、社員から目標とされるような経営者となるために必要な教養を得ようと思ったら、五年や一〇年の勉強で足りるわけがありません。
これも「一生勉強」という視点に立てば、永遠の目標だとも言えます(P121)。

眠る時間も意識しよう
それを目標化するために、「毎晩一二時から六時までの六時間の睡眠を取る」と決めるのもよいでしょう。
実はこう決めておかないと、多くの人は睡眠を取りすぎてしまいます。
とくに理由もないのに九時間、一〇時間と眠ってしまうのはもったいない。
なぜなら、それは「意識されない時間」だからです(P153)。

このように日記で一日を振り返ることの効用はなんでしょうか。
それは反省です。人間は反省することでしか成長しないからです。
計画の軌道修正と自己反省。
これが日記を付けることの最大の意義でありメリットです(P201)。
日記をつけ終わったら、私は三分間で翌日の予定をシュミレーションしています(P202)。

過去に読んだ類似の本と感想
『能率手帳の流儀』野口晴巳 感想はこちら
『システム手帳新入門!』舘神龍彦 感想はこちら
『一冊の手帳で夢は必ずかなう』熊谷正寿 感想はこちら
『仕事で差がつく手帳の技術』長崎快宏 感想はこちら
『佐々木かをりの手帳術』佐々木かをり 感想はこちら

他人と意見を交換するということ

 去年の終わりごろから、高校時代の友人ととあるイベントを手伝うようになってから、意見の衝突が激しくなってきた。
当初は、意見の相違自体はままあることだし、そもそもそれほど大きな問題も起こらないだろうと、たかをくくっていたが、最近は、看過できない状況になってきたなぁと思い、ふと考える。

 当初は、目的さえ共通であれば、そこに至るまでの過程の相違は、目標へのアプローチの問題であり、過程の相違など、「大事の前の小事」に過ぎないと思っていたが、それは自分の考えをもとにした見通しの甘い考えであったような気がする。
 つまり、相手が「過程も含めた目的」について重要度を置いている場合には、効果的ではない。

例を挙げると
東京から大阪への旅行で考えてみると。
・自分は「大阪に行くことが目的」だと考えているわけだから、新幹線を使おうが、飛行機を使おうが、車で行こうが、はたまたバスで行こうが、自転車で行こうが、徒歩で行こうが(笑)、それは単なる方法の問題であり、余り重要視しておらず、結果として、どのように行くと時間・費用・労力がかかり…という部分で、方法を選択することになる。
 ところが、相手が「大阪に自分の好きな乗り物で行くことが目的」だと考えている場合、その好きな乗り物以外の方法だと、結論として大阪についても不満が残ってしまう。過程について満足していないからである。
しかし、今の例だと、乗り物という具体的なものなので、分かりやすいが、もう少し抽象的な希望だと事態は非常に混乱することになってしまう。
「大阪に快適な方法で行くことが目的」だと、一体どうやっていけば満足なのか、他者には理解しにくい領域が増えてしまう。
ことによると、新幹線のグリーン、飛行機のファーストとかプレミアムで行っても「快適でない」かもしれない(時間や設備は満足でも、費用がかかっちゃうからね)。
つまるところ、主観的な満足を含めた目的のの設定が問題、だとも取れなくもないが、よくよく考えると目標の大部分は、やろう!と決めた人の主観的な満足が中心であり、また動機の大いなる部分になるはずだ。

その意味では、目標は何か?という問題は、根本的な矛盾を孕んでいることになってしまう。
つまり、性質上主観的なものにならざるを得ないが、客観的に分かるようにしないと、結果として他者の協力を仰げなくなってしまう、と。

今回のイベントの場合は結論として、自ら解決する問題ではないと決定した。
自分が何かやろうと決めたときに気をつければよい話である。

また議論の仕方についても大いに学ぶところがあった。
幾つか気になったところがあるが、一番の大きな問題は「正論について」の考え方である(ここでいう正論とは、論理的に導き出されるという意味であり、当為の問題ではない)。
前述の目的の前の過程の話の際に、自分の意見に対して「それは正論だけど(実行は難しい)」との反論を受けることが多々あった。
しかし、その反論は果たして正しいのか、もう一歩踏み込むなら、自分の意見は本当に正論なのか?と考えてみると疑問が多かった。
一般に、一個の問題から論理的に、一個の結論に帰着することはめったにない。
言外には、その論者の価値観が入り、経験が入ってしまう。論理的ではないなら、先に定義した正論とは呼べない。
ところが、相手の意見にはどうやら反論が出来ない、でも従いたくない。そこで「(実行は難しいという意味での)正論だ」とレッテルを貼り
バイアスをかけ、当為の問題にしてしまう。君の意見は正しいけど、感情的に従えないよ、ということを「それは正論だけど」ということによって暗に含めてしまっているのである。これは非常にもったいないと思う。

このあたりは会話の雰囲気も入り混じり、伝えにくいところですが、率直に言っていい経験をした、と断言できます。
とにもかくにも、人と議論するってのは経験によるところが大きいなぁと実感しました。
自分にしては珍しく父に相談してみたり…(笑)。

後は自分についての反省点が多々ありますが、このあたりは別に人に話すことでもないので…特に書きません。
上の文章の三倍くらいあります…トホホ。
一言で書くなら、どうやら自分は話が長い、そうな。ふぅむ、認識はしているんだけどなぁ。
物事を正確に伝えるとなるとどうしても多弁になってしまう。不正確でもいいと割り切ることも大事なの?
それとも、核心の部分は長くなってもいいから正確に伝えて、あとは割りとどがちゃがに?でもいいの?
まだまだ、学ぶべきことは多いですなぁ。

なんだかんだ書いたが、この経験は自分にとって非常に実りの多いものでした。
普段生活していなかったら決して話すこともなかっただろう人とも話せたし、また価値観の交換も出来て楽しかった。
ある一定の目標を掲げ、実行し、達成(や不達成)を経験することは、かくも楽しいものだと再確認できた。
Sくん、本当にありがとう。